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新卒エージェントによるオワハラ──初期接触チャネルで生涯年収が決まりかねない時代

2024年年末、人材紹介会社によるオワハラがニュースとなっていました。

大学関係者によると、関東圏の私立大の学生が7月、エージェントとのトラブルを大学に相談した。学生は紹介された企業の内定を得たが、別の業界を志望していたため就活を継続。するとエージェントから頻繁に電話があり「就活を続けるなら内定を断ってからにして」「希望する業界は(求人が)ないので就職浪人すればいい」と言われたとの内容だった。

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別の企業への就職を決め、紹介された企業の内定を辞退した後は「われわれへの感謝はないのか」と責められたという。

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今回は、かねてより苦々しく感じていた人材事業のオワハラについて整理していきます。

前提として、今でも良心がある人材紹介会社は複数存在しています。私も候補者として人材紹介会社と何社もやりとりをしてきたことがありますが、自分が知らない業界や企業にリーチできたり、自身の気づいていない就活・転職活動の軸を一緒に棚卸しできたこともあります。思い入れのある業界なので顧問などでも関わっていますが、目に余るプレイヤーが増えてきたことに危機意識を持っての投稿になります。


オワハラそのものはいつからあるのか?

オワハラ。当初の使い方は「内定を出した企業が、自社での就職を決めるように、就職活動を終えるよう圧力をかける」という意味合いでした。この頃はまだ人材紹介会社のオワハラは問題になっておらず、内定を出す採用企業に問題がありました。

日経新聞を探すと2015年から書かれています。アベノミクスが始まった頃合いでもあり、就職氷河期の終焉時期と重なります。複数の内定を得る学生が増え、焦った企業による振る舞いだと考えられます。

政府から採用企業に対し、27新卒採用の開始に向けてオワハラ防止についての要請も出ています。

エージェントによるオワハラの背景

今回のオワハラは、候補者と採用企業の間に挟まった人材紹介によるものであり、従来のオワハラとは意味合いが異なっています。

今回のニュースは新卒人材紹介のマイナビでしたが、中途や他のエージェントでも似たような話はあります。

人材業界がオワハラをする背景について整理していきます。

主要売上だったIT業界の変化と、大きくなりすぎた人材業界

少子高齢化や人材不足が各業界で騒がれた結果、人材業界が大きくなっていきました。

特にITエンジニアの人材紹介については、みずほ情報総研によるデジタル人材不足の図により、各社で「デジタル人材を確保しなければならない」という焦りにつながっていきました。これが2015年-2022年のエンジニアバブルに当たります。

増員しすぎた人材紹介の中の人

その結果、人材業界がどんどんと大きくなっていきました。人材紹介会社は企業問い合わせをさばくために中の人を増員していきました。特に増員については他業種からやってくることが多く、公務員や不動産、ウェディング・プランナーなど様々です。

一方で商慣習などの研修はありますが、担当する専門領域についての知識は独学のところが多いです。そのため、例えばITエンジニアがキャリア相談に行っても「なんだか的を射ない」という感想につながります。ここで「そんなものかな」と思って担当交代をせずに進むと、ズレた転職になります。

転換期となったエンジニアバブル崩壊とリファラル

そんな人材紹介に転機が訪れたのがエンジニアバブルの崩壊と、リファラルの台頭です。

特に大きな影響があったのは次の3点です。

  1. 人材紹介経由で決まっていた経験者層が、リファラル採用で決まるようになった

  2. 採用企業の採用ハードルが高まり、従来は内定が出ていたレベルの人が決まらなくなった

  3. 未経験・微経験の求人が多くの企業から消えた

人材紹介会社の目線で言うと、増員した中の人の給与を出すだけの売り上げと粗利を確保しなければならないことが喫緊の問題です。

一部の人材紹介会社は大手・中小問わず2024年の中盤にはITエンジニア紹介に見切りをつけ、他業種に人員を移していることも確認しています。

ITエンジニア経験者で売り上げていた分をどうカバーするか

元来、ITエンジニアの紹介は一人当たりの紹介単価が十分高いものでした。ITエンジニアの経験者層はエンジニアバブル当時で想定年収の40%を人材紹介フィーとしていました。

単価が大きかったITエンジニア紹介を失った企業ができることは限られています。人材紹介会社では下記の2つの動きが見られるようになりました。

  • 新卒、未経験、微経験にターゲットを絞り、人材紹介会社の中の人の行動量を上げる

  • フィーアップ

全社は新卒、未経験、微経験で「数をさばく」ということであり、今回のテーマになっている現象です。経験者を集めても内定が出にくかったり、並行しているリファラルに負けたりする中、新卒、未経験、微経験であれば採用企業からしてみても採用ハードルは低めです。候補者がウブであるために誘導しやすいことから、人材紹介会社の行動量で売上に繋げることができます。

後者のフィーアップについては45-50%が水準となりつつあり、売上を担保するための苦肉の策ではないかと邪推しています。特に人材紹介会社の介在価値がアップしているわけではありませんし、「リファラルや直接応募で母集団形成ができない採用企業の足元を見ている」ような節もあり、いかがなものかと思います。

過剰で粗いマーケティング施策

新卒、未経験、微経験をターゲットにしたとき、経験者(特に転職を何回かして年収もアップしている層)のように業界解像度が高くないため、粗いマーケティング施策が目立ちます。

1つ目はアフィリエイターへの依頼です。新卒には就職活動のハウツーや面接対策、中途にはあるあるな上司との嫌な関係性や業界不満を掲載して共感を呼びつつ、リプライ欄でアフィリエイトリンクで人材紹介やスカウト媒体に登録を促しています。投稿者について「正社員就業経験はないのでは?」と思うようなものもあり、非常に遺憾です。

マーケティング担当者も粗い人が居り、フォロワー数だけで就活・転職活動専業アフィリエイトアカウントにタイアップ記事を依頼することがあります。SNSのフォロワーが買える時代であることを認知せず発信内容の良し悪しがわからないまま発注しているのか、そういったアカウントに群がる無知な人材が欲しいのかは怪しいところです。

2つ目は杜撰なSEO記事です。様々な職種のエンジニア記事を掲載し、検索エンジンからの流入、登録を狙ったものです。クラウドソーシングサイトで1記事数千円程度で発注している企業が多いようですが、内容を見比べると実に無茶苦茶です。記事は量産されることが多く、ほぼノーチェックで公開している人材紹介会社も多いようです。

他社のSEO記事をパクり合っているのでとても似通ったものも多いです。データサイエンティストなどは2019年のデータを根拠にいかにイケている職業かを書いた記事が多いです。未経験からでもプログラミングスクールや独学でフリーランスになれるという記事も多数存在します。

2022年には「底辺の職業ランキング」が炎上し、ニュースになったこともあります。今でも「とろい人に向いてる職業」「のんびり屋に向いてる仕事」「コミュ障の人に向いてる仕事」などを記事化している人材紹介会社もあります。既に就業中の人からすると大変失礼な話です。

こういう業界を経験していればいい加減な情報だと思えても、初学者にはしっかりと刷り込まれる点に注意が必要です。検索をしても中身がどこからかのパクリなので、複数の事業者が同じことを訴えているように見えますし、回避は困難でしょう。

3つ目は古い情報を信じてしまうというものです。数年前の内容がずっと転がり続けていることにより、古い常識(エンジニアバブル下で景気が良く、未経験・微経験が歓迎されていた時代の情報など)を信じてしまう点にも注意が必要です。

商材が「他人の人生」であることを忘れたKPI管理、そしてオワハラ

商材がモノであれば、決まりやすいところや、高く買ってくれるところに卸すのは別に違和感はありません。ただ人材業界の場合、商材は「他人の人生」であることを忘れてはなりません。

特に月末はひどいです。月内に自身の売り上げを立てるために下記のようなことをする人材紹介会社が多々あります。

  • 候補者に対して月内の内定承諾と、他社の辞退を迫る(オワハラ)

  • 採用企業に対して、社内ワークフロー事情をすっ飛ばして内定を出すことを迫る(企業へのオワハラ?)

人材紹介会社内へのAI導入とディストピア化

2024年にはAIの進化が起きました。AIに投資している大手人材紹介会社ではマッチングもAIが実施しています。

ある企業で人事が「なぜこの人を紹介したのか? ミスマッチなので推薦した理由を答えて欲しい。」と採用企業が人材紹介会社企業担当者に質問したところ、「分かりません。AIが勧めました」と回答した話がありました。ディストピア感が出てきました。

人材紹介会社の中の人がAIの指示に基づき、ただひたすらに人を右から左にする時代が訪れており、志も知見もない「中の人」が増えるとなると、とても頭が痛いです。

人材紹介会社の中の人の存続も含めて、2025年は更に変化していくのでしょう。関わる中の人もある程度は減少し、業界そのものがダウンサイジングすると予測しています。

初期接触した情報で生涯年収が決まってしまう時代

キャリア相談に来られた方で、学歴は申し分ない理系人材で、今では派遣会社で待機をしているという方にお会いしました。その方は第一志望に落ちて途方にくれていたところ、たまたま登録した人材紹介会社で「ITエンジニアになりたい」と伝えたところ、現職の派遣会社に入社し、現場のミスマッチ(ヘルプデスク)のために待機をされていました。他の人材紹介会社に行けば、研修の手厚い大手SIerへの入社も十分あり得たと思われます。

就活や転職活動中に、たまたま広告を見て、たまたま登録したことで初任給も生涯年収も大きく変わってくるというのは実に厳しすぎます。

こうした現状に対し、私自身がYouTubeや学校の講義での露出などを通して就活に関する啓発活動を強化していきたい所存です。

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久松剛
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