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なぜ、日経新聞に欧州高級ブランドの記事が目につくようになったのか?

先月からの日経新聞の記事で、ある変化が気になります。欧州の高級ブランドを取り上げる記事が目につくのです。それも以前とは異なる書き方です。特に、フランスのコングロマリットであるLVMHの動向が注目されているようなので、日経新聞電子版内の検索にLVMHを入れてチェックしました。

そうすると、記事数がさほど多いわけではないですが、イーロン・マスクが世界の長者番付1位から落ちたことに端を発した水流の変化をみることができます。

米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が13日、約1年3カ月ぶりに首位の座を明け渡して2位に後退した。高級ブランド最大手の仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンのベルナール・アルノー会長兼CEOが入れ替わってトップに立った

日経新聞独自の記事ではなくThe Economist やFTの記事の翻訳記事

上記の記事は日経新聞の記者が書いたものでしたが、その後、翻訳記事が続いてきます。まず、2022年12月27日にThe Economistの以下の翻訳記事です。

冒頭、LVMHのベルナール・アルノー会長がアップルの故スティーブ・ジョブズと会ったとき、アップルは短期の製品、LVMHは何世代にも渡って使われる(飲まれる)製品と話したエピソードが紹介されています。そして、次の文章が続きます。

欧州人で初めて世界の長者番付のトップに上り詰めたアルノー氏は、多くの点で欧州流のビジネスを体現している。アルノー氏は、ジョブズ氏との話が示唆するように、翌年の利益だけでなく、遠い過去とはるか先の未来に目を向ける。職人技を尊び、先鋭的なデザイナーや調香師、ワインセラーの匠(たくみ)を重んじる。一方で製品のディテールには自らの最終的な決定権を手放さない。

歴史のなかに生き、しかも製品の細かなところに配慮しているアルノーは欧州流のビジネスの本流をいっていると書いています。この欧州流のビジネスの主人公は、15年間以上、世界長者番付の上位にありながら、米国のテック系の経営者のように誰もが知る有名人ではなかった、と。

もちろんファッション界や高級ブランドの世界では著名ですが、その世界においてもデザインやモデルが脚光を浴びやすく、そうするとアルノーの存在感は薄いというわけです。この記事でのハイライトは以下です。

だが、テック業界の大物たちと方法は違うが、73歳のアルノー氏もビジネスを作り替えてきた。米投資会社バーンスタインのルカ・ソルカ氏はアルノー氏が「排他性を数百万人に売る」というパラドックスを発明したと指摘する。

アルノーはパラドックスを発明した、と言っているのです。LVMHは1980年代にできたコングロマリットで、それまでは限られた商品を限られた顧客に売る排他的なビジネスをしてきた高級ブランドのビジネスモデルを大きく変え、その排他性を大衆的にしたことで大きな市場を築いた。これは矛盾としか言いようがないのですが、矛盾を享受できるような世界観を示したというわけです。

前半では「欧州流のビジネスを体現」と持ち上げながら、パラドックスの発明者の発想の端緒には米国流のビジネス手法があったと明かしているのが、以下です。

アルノー氏は1980年代初頭、フランスの社会主義的政策を嫌って渡米、ニューヨークで貪欲な資本主義を身につけた。当時の動静はほとんど知られていないが、84年に帰国すると、当時ウォール街で台頭しつつあった「過激な」手法を使い始めた
<中略>
その手法は一貫している。歴史あるブランドをバランスシート(貸借対照表)を巧妙に使って買収し、巨大ブランドに変身させる。LVMHは、今や時価総額で3500億ユーロ(約50兆円)に近く、75のブランドを抱える。

「過激」と形容されるのは、買収先の資産を担保にした借金で買収するレバレッジド・バイアウトという手法を指しており、そうして買い取った一つがクリスチャン・ディオールでした。ディオールは経営難にあった繊維企業群のなかに埋もれていたので、利益の低い部門を切り捨て、高収益の企業に蘇らせたのです。その一方、外国人のデザイナーを登用し、新しい風をこの業界にもたらことで話題を作り続けてきたと解説しています。

企業の時価総額のランキングから高級ブランドが注目されている

LVMHのアルノーを世界長者番付をトップに押し出したのは、当然、彼が所有している企業の価値があがったからです。この点が高級ブランドをとりあげる日経新聞の記事の傾向の変化の背景になっています。これまでLVMHに関する記事はその短期的な売り上げ実績に目がいきがちだったのが、米国のテック企業などとの比較で取り上げているのが、以下の記事です。

世界の企業の時価総額は大きく変動した。米巨大テック企業では優勝劣敗が進み、欧州では高級ブランドにマネーが集まる。景気変動に強い医薬品は新薬開発の成否がカギを握る。時価総額の増減額を日米欧で比較すると「値上げ力」や「開発力」で選別が進む構図が浮かび上がる。
<中略>
欧州では高級ブランドの躍進が目立った。増加額2位の仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンは緩和マネーの流入で資産が膨らんだ富裕層を引き付け、コロナの行動規制が緩和されて以降は中間層の「リベンジ消費」も取り込んだ。高級ブランドでは4位に仏エルメス、10位に仏クリスチャン・ディオールが入った。

これまで日経新聞の記事のなかでは、やや「きわもの」のように高級ブランドが扱われていた印象がありました。時価総額の上昇からみて、経済記事としてまっとうに取り上げるしかなくなったのではないか、と穿った見方をせざるをえないほどの変化ではないかと思います。

というのも、下記は2022年10月24日掲載のFT記事の翻訳版です。高級品市場の全体的な分析に関しては翻訳記事が主流であるところをみると、この領域を全体的に語る記者が日経新聞のなかにあまりいないのではないか?と想像します。

注目をはじめると経営スタイルも気になり始める。

以上のようにビジネスの大きな派閥としての高級ブランド領域が認知ができると、その経営スタイルについても日経新聞の読者も気になるだろうとの想定で、やはり以下のFT記事の翻訳版を掲載するのでしょう。英国王室の継承問題とLVMHの継承問題を重ね合わせながら、アルノーが娘をCEOに指名したことを話題にしています。

「親族による事業継承はLVMHの株を敬遠する理由にはならない」と、アルノーの子どもが全員LVMHで働き、その1人がCEOになることをFTの記者は支持しています。

高級ブランドのビジネスは家業王朝と同様にダーウィンの進化論が働く世界だ。メガブランドはマーケティングに巨額の投資を行い、弱小ブランドを圧倒する。そうして手に入れた価格決定権をLVMHは徹底的に利用する。

表現が大げさ過ぎないか?とぼくなど思ってしまうのですが、こういう記事を読みながら、考えることがあります。それを次に書きましょう。

LVMHをモデルにしようとは思わないのが良い。

ぼくが考えるのは、日本の企業がラグジュアリー領域のビジネスをしようとするのなら、LVMHのようなコングロマリットは参考にならないとの確信をますます強めていきます。コングロマリットに買収される企業になろうとするなら、それは構わないでしょう。ただ、それも要注意です。

まず彼らがあるブランドを買収する際の規模をみていると、その目安は年商1000億円を超えたレベルでしょう。スタートアップへの投資や買収は別枠としています。買収されるために、そのレベルまで存在感を示していくことに努力をしていく覚悟があるのか?です。

しかし、サプライヤーとして傘下に入りたいというなら別です。技術力やビジネスパフォーマンス力でサプライヤーとしておつきあいしている日本企業はそれなりにあり、コングロマリットも買収に関心の高い企業もあるはずです。昨年5月、アルノーが東京で官房長官と面会した際に、今後「生地の生産地表示」を推し進めると約束しましたが、その記事を読んで、ぼくは「この次は買収だな」と思ったのです。

そして、そもそもなのですが、ぼくが捉えているラグジュアリー領域、つまりは『新・ラグジュアリー 文化を生み出す経済 10の講義』で書き表したラグジュアリー概念と、コングロマリットの語る高級ブランドという概念は相性が悪いです。米投資会社バーンスタインのルカ・ソルカがアルノーについて「排他性を数百万人に売る」というパラドックスを発明したと指摘したように、あたかもラグジュアリーであるような幻想をふりまくことに成功した、あくまでもビジネス手法のひとつです。それはそれで敬意を払うべき成功ですが、これがすべてであると誤解しないことです。

新・ラグジュアリー 文化を生み出す経済 10の講義』で書いたことを引用します。

ラグジュアリーの歴史や領域を語るにあたって、それらのコングロマリットの活動は重要であり、影響力も大きいのは確かですが、実は「ラグジュアリー領域内の一時的な現象」にすぎないのですたとえば、3大コングロマリットの年商の合計は、ラグジュアリー市場全体規模のおよそ14分の1です)。

ラグジュアリー領域とは、アパレルやアクセサリーだけでなく、自動車、宿泊サービス、ワインとスピリッツ、グルメ食材と料理、家具・雑貨、ファインアート、プライベートジェット、クルーズなどを包括しているので、一部のカテゴリーだけですべてを語るのは適正ではないのです。

もちろんファッション企業もインテリアやホスピタリティなどに進出していますが、やはり、そのロジックが通用する世界と通用しない世界があります。いろいろなメディアやいろいろな領域からラグジュアリーという概念に接近することがあると思いますが、そのひとつひとつの視点を丁寧にみていくことをお勧めします。

写真©Ken ANZAI



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