「私に1つ、会社を買ってくれませんか?」電通の辞め方を、電通にプレゼンした話。
40歳を機に電通を辞めたのは、1年前のこと。
結果として今は酒屋の経営者をやっている。その経緯は以前も日経COMEMOに書いた。
実は私にはもう1つの退職プランがあった。
そのプランとは、電通に1つ会社を買い与えてもらうことだった。
今日はそんな話。
◾️自分の辞め方を企画する
着想のきっかけは、新規事業の失敗だった。
私は新卒5年目の頃、電通で新規事業を立ち上げた。よくあるアプリ事業だ。それを10年ほど社内で運営して、ベンチャー企業に売却した。
10年続くサービスを作ったのだから「失敗」と表現するのは適切でないのかもしれない。
しかし自ら立ち上げた事業を手放すことになったのだから、私の中では失敗だった。
売却が決まってからは、どこか喪失感のようなものがあって、いつしか私は電通を辞めることを考えるようになった。
ただ他にやりたいことがあるわけじゃないし、当時主流だった外資系企業やコンサルへの転職にも興味がない。
しばらくして、ある考えにたどり着いた。
自分の辞め方を、自分で企画してみよう。
という発想だ。
私1人が辞めたところで、電通には何の影響もない。でもせっかく辞めるなら、何かを電通に残していきたいと思った。
それから私は、
・自分にとって
・電通にとって
・社会にとって
意味のある退職プログラムについて考えてみた。
1ヶ月ほどして、企画書は完成した。
◾️自社の新規事業より、他社の既存事業を
当時、電通は多くの課題を抱えていた。企画書の1ページ目はこんな整理ではじまる。
残業問題、副業問題、新規事業問題、これらをまとめて解決しようと考えたのが「事業中継ぎプログラム」だ。
当時電通は社員から新規事業を募集していた。しかし大企業で新規事業を立ち上げることの難しさを、私は嫌というほど知っている。
多くの大企業が取り組む新規事業プログラムだが、うまくいっている事例はほとんど聞かない。そもそも大企業の社員は、事業をゼロから創る「ゼロイチ」に向いていないと私は感じていた。
確かに大企業の社員は優秀だ。ただその優秀さは「与えられた課題に取り組む能力」であり、事業創出に必要な「強引に壁を突破する能力」ではない。
つまりはイーロンマスクのようなCEOタイプではなく、COOタイプだ。電通社員もまた同じだった。
ここで私は、自分が自宅の1階にある酒屋(中小企業)の経営に口を出している経験を伝えた。
ここからが本題だ。
これが提案の骨子となる。
私が考えたのは、電通社員に会社公認の副業として、中小企業の経営をやらせるプログラムだった。
◾️リスクの低い社員研修
着想のきっかけはこの本だ。
まず日本には黒字でも廃業する中小企業が多い。後継者不足は、もはや日本の社会課題だ。廃業していく日本の優良企業を横目に、大企業は自分たちの新規事業を作ろうとしている。
日本人が大切にする「もったいない精神」はどこへ行ったのだろうか。
また、そんな会社たちは大企業にとっては安価で売りに出されている。
社員研修に数百万円も払っているなら、会社を1つ買い与えた方がよっぽど育成になる。経営の経験をさせられる機会なんて滅多にないのだから。
しかもそのリスクはゼロイチの新規事業よりも圧倒的に小さい。10年続いた会社を買えば、社長が変わったところで直ぐに業績が悪化することはないだろう。
会社を買って、価値を上げて、売却する。
この一連の流れを新たな社内プログラムとして導入してはどうか?と私は会社に提案しようと考えた。
◾️経営経験者を集めて、部署を新設
この提案が通ったら、自分で応募するつもりだった。だからより具体的にプログラムの概要も考えた。
・会社の経営は業務時間外でやる
・応募できるのは残業の少ない社員のみとする
・社員は自腹で出資する
・3年経ったら自らの進退を決める
など、大まかな流れをまとめた。
また、失敗しても会社に戻れるプランも考えた。経営経験のある社員が突然増えるわけだから、そのノウハウを持ち寄って体系化する部署の構想も加えた。
こうして企画書のバージョン1が完成した。
最後のページでは、関係者のメリットをまとめておいた。
これを携えて役員まで持っていこうと、まずは上長にプレゼンした。
上長は面白がってくれて「役員は労基署からの見え方を気にするだろうから、その想定問答を加えておけ」とアドバイスをしてくれた。
ただ結果として、この企画書が役員にプレゼンされることはなかった。
その前に私がお酒の勢いで自らの進退を決めてしまったからだ。
結局、私は中小企業の経営者になった。
そう言った意味では、プログラムがあってもなくても同じだった。
ただ今でも思う。
もしこのプログラムが実現していたら、今頃どんな会社を経営していただろうかと。
サポートいただけたらグリーンラベルを買います。飲むと筆が進みます。