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「会社が見返りをくれるはず」はキャリアの観点からはお勧めしない

会社は誰のもの?株主のもの?

日経COMEMOのお題企画で「#会社は誰のもの」というテーマで記事が募集されている。株式会社であれば、公的には会社は株主のものだ。そこに疑う余地はない。

しかし、会社経営という視点からみると、株主の利益を最優先として意思決定することが常に正解とは限らない。近年では、ESG投資に代表されるように持続可能な社会の実現に向けた取り組みも重視されるようになり、多様なステークホルダーへの配慮が求められる場面も多くなっている。
米国では、ESG投資に関連して、株主がCEOに兼務している会長職を退任するように求める動きも出ている。

また、会社が市場での競争力を発揮し、業績をあげるには従業員に活躍してもらう必要がある。そういった意味では、会社の事業活動を支える屋台骨は従業員であり、従業員の視点から見ると「会社は従業員のもの」だという気持ちが芽生えるのも自然の流れといえるだろう。特に、長期雇用で新卒から定年まで働く従業員が多い会社では自己と組織のアイデンティティの同一化が進みやすく「会社は自分たち従業員のもの」という意識が芽生えやすい。

視点によって「会社は誰のものか」の意識は変わる

経営者やそれに近しい経営幹部、また株主にとっては「会社は誰のものか」という問いは重要なものだ。特に、スタートアップ企業のように資金調達中の経営者にとっては最大の懸案事項の1つともいえるだろう。

一方で、従業員にとっては「会社は誰のものか」という問いはそこまで大切なものではない。キャリアの観点からみると「会社は誰のものか」が気になる状態は個人と組織の関係性が健全なものではない可能性もある。

1990年代に「キャリア」の考え方が日本で広まってから、「自律的キャリアの醸成」が30年以上も続く経営課題となっている。というのも、伝統的な日本的経営のもとでは「自律的キャリアの醸成」が阻害されるためだ。社会人人生とほぼ等しい就労期間の「長期雇用」と転職者を裏切者や脱落者として捉える「就社意識」、転居を伴う異動と専門性を超えた異動を会社都合で命令でき拒否権がない「総合職」などの日本的経営の特徴は従業員に対して強い帰属意識を持たせ、一体感のある強固な組織を作り上げるのには合理的かつ有効な手段だった。反面、自分の「キャリア」を1つの会社のなかで完結させ、専門性の開発も居住地も会社都合で決定されるために個人の自由意志を反映させることが難しく「会社依存のキャリア開発」が当たり前になってしまう。
「会社依存のキャリア開発」をしていると、自分の社会人人生を会社に捧げていることになるために個人のアイデンティティが会社と同一視しやすくなる。つまり、「自分の社会人人生を捧げたのだから、会社も相応の見返りを自分に与えてくれるべきだ」という暗黙の期待が芽生えやすい。
大企業のシニア世代とキャリア面談をしていると、なにかしらの機会があって「会社は見返りを与えてくれない」と思った瞬間にモチベーションが大幅に減退し、その後、省エネモードで働くようになるケースを頻繁に耳にする。

「会社に捧げた分だけ見返りをくれるべき」は自律的キャリアを妨げる

従業員が「会社は従業員のものだ」と考えることは少ないだろうが、「会社に捧げた分だけ見返りをくれるべき」だと考えることは多い。しかし、会社は従業員のものではないため、見返りがあるとは限らない。また、この考え方は自律的にキャリアを開発できているとは言い難い。
自律的にキャリアを考えるということは、会社で働くことによって得るのは見返りではなく、自分のキャリアの目標を達成することに役立つ経験を積めるかだ。従業員が頑張ったことに対して会社から報酬が対価として支払われる交換関係ではない。就業経験を通して期待通りの価値を得ることができたかという能動的な関係性になる。
後者のような労働観に立つと、会社が従業員に対して、就業経験を通してキャリアに有用な体験や成長機会をどのように積むことができるのかを明示する従業員価値提案(EVP: Employee Value Proposition)が如何に重要なことかがわかる。従業員にとって有益な価値を会社が提供できている間は雇用関係が継続され、価値提供ができなくなると雇用関係は解消される。

従業員が「会社は従業員のもの」だと暗黙的な期待を持つ会社は、従業員のキャリア観に対して注意すべきだろう。自律的なキャリア観の開発ができていない可能性がある。そうなると、社内でのキャリアに未来が見えなくなった途端に、高給だがモチベーションの低いミドル・シニア人材予備軍に突入してしまう。
また、高齢化社会によって、定年の引き上げはおろか、定年制度そのものすら今後はなくなる可能性が高い。そうすると、解雇は難しいがモチベーションの低いシニア人材を大量に抱えることになってしまう。解雇規制は規制緩和すべきという議論もある。しかし、雇用に関する規制は基本的に就業機会を得ることが困難な弱者に寄り添って作られる。そのため、シニア人材の人口が増えると雇用保障は強化されるだろう。

働く個人の意識もそうだが、企業にとっても従業員との関係性を見直し、従業員が自律的キャリアを持つことを促す組織設計が求められている。

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