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日本発「ウェルビーイング」を考える 矢野和男さん×ドミニク・チェンさんCOMEMOセッションレポ

皆さん、こんにちには。毎月開催しております日経COMEMOのイベント。6月のお題は「ウェルビーイング」です。「well=良い」と「 Being=状態、あり方」を組み合わせた言葉で、文字通り「良い状態」を意味しています。テーマは「ウェルビーイング×ビジネス#01 AI時代に生きる僕たちを幸せにするビジネスとは?」。ともするとつかみ所のない抽象的な議論になりそうなテーマですが、17日のディスカッションはとても知的な刺激に満ちたものになりました。


登壇者は矢野和男さん。日立製作所のフェロー、理事、未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダー。COMEMOでもKOL(キーオピニオンリーダー)としてご活躍いただいております。

「20世紀は標準化・横展開する時代だった。しかし今は多様性や変化に向き合う必要があり、『やってみる』ことが必要。愚直に実験と学習を諦めずにやり続けることだ」と矢野さん。このためのツールが人工知能であり、基盤がデータだと解説します。では試行錯誤の目的は何か。究極の目的は「幸せ」であり、それをきっちり数値化することが大事だといいます。

矢野さんは幸せを測るために、この15年間、格闘してきました。2006年に世界に先駆けてウエアラブルセンサーを開発、矢野さん自身が左腕にセンサーをつけて実験台になりました。以来13年、左腕の動きはすべてコンピューターに記録されています。「取っているデータは単なる腕の動きでも、集めてパターンをみると元のデータとは全然違う意味が出てくる」 
では、幸せはどこからくるのか。遺伝、幼児期の環境など固定的要因が50%。資産や健康など状況要因が10%。残りの40%は「日々の行動習慣」で、なかでも効果が高いと言われているのが「周りを幸せにすること」。アプリを使って職場の「周りを幸せにする力」を競い合うランキングを行うなどして、「ハピネスを科学し、幸せな社会をつくる」ことに取り組んでいます。

もうひと方は、早稲田大学文学学術院で表象メディア論系准教授を務めるドミニク・チェンさん。ディヴィデュアル共同創業者、NPO法人コモンスフィア理事。気鋭の学者として現在、注目されています。

チェンさんがウェルビーイングの領域に興味を持ち始めたのは、ITベンチャーを立ち上げて、オンラインのコミュニティーをつくりはじめ、自分がつくったテクノロジーが果たして人々の心理によい影響を与えているのか、気になり始めたことだといいます。現在は早稲田大学で「日本的なウェルビーイング」を促進する情報技術の研究に取り組んでいます。

日本の文脈や社会になじむウェルビーイングは何か。チェンさんが紹介したのは、京都大学の内田由紀子さんが紹介する日米のウェルビーイングの価値観の違いです。アメリカでは、自由・平等の精神が中心にあって、社会の中で個人の価値や自尊心を高めることを重視しますが、日本的ウェルビーイングは、周囲との調和や、様々な状況に合わせて適応できることを大切にする傾向があるといいます。輪になって、その場にいる人たちと一緒にある感情を共有する感じです。
ウェルビーイングについて大学生1300人にインタビューしたり、ワークショップにも取り組んでいます。また予防医学研究者の石川善樹さん、楽天CDOの北川拓也さんらとLIFUKK(ライフル)財団を設立、ウェルビーイングの研究開発に対する助成を行うことにしており、矢野さんにもアドバイザーとして協力しています。

以下、対談ですが、特に印象に残ったパートを抜粋してご紹介します。

良いストーリーを考えて幸せに

矢野さん 測定するのは大変大事なこと。単に測ることは、一般の人からみると、そんなに面白いことではない。行動がどう変わるかが大事だ。私は毎日、「精神的にどうだったか」など10項目でレイティングしているが、最初は5点前後が多かった。この数年は毎日、全項目10点満点。最初は、私は技術者で科学者なので、できるだけ客観的につけようとした。でも、低く評価しようとすると本当に結果が低くなることに気がついた。どんな日でも評価を高くつけるストーリーを考えることはできる、良かったストーリーはいつでもつくれることに気付いた。「昨日は良かった」ということをどうやってストーリーにするかの練習だな、と。毎日、10点つけた瞬間に「ああ、昨日はこうだった」というストーリーを描くことになった。そしてそれが自分を幸せにする習慣になった。


文化により異なる「幸せ」

チェンさん いままでウェルビーイングの調査は基本的にアンケートなんです。主観的な報告になっているので、その時の気分とか、その人のものの考え方の移り変わりによって、かなりデータが揺らぐ。それに対して、矢野さんがやっているように意識に上がる前の無意識の体の動きを測ることで、バイアスを廃した計測ができる。他方で、幸せのとらえ方は文化によっても大きく異なるのも事実。例えば中南米はポジティブ感情の絶対量が欧米より大きい。おカネはないけど欧米の人たちより幸せそうに見える人たちがいる。世界にはいろいろな幸福のとらえ方がある。そのリアリティーも面白い。全人類共通の身体のレベルが1階建てだとすると、2階建ての部分は後天的な、どういう国に育ったかでとらえ方が異なる。「そういうとらえ方もあるのか」と世界中の人たちがお互いの文化から学び合うことができるのではないか。

「日本発」ウェルビーイング

矢野さん 世界的にブームになっている「マインドフルネス」は、もともとは日本の「禅」。幸せになる方法のなかに日本がパイオニアのものは他にもある。1カ月前にポーランドで空手の道場に入った。入り口に「武道とは、心と体を鍛えることによって人格を高めていく道である」と書いてあった。青い目のポーランド人の先生は「武道は、他に人に勝つためにやっているのではない。自分に勝つためであり、昨日の自分を毎日超えていくことが空手である」と真剣に語っていた。日本には一つの道を常に前進していくということ、武道や書道、茶道といった「道」という概念がある。また、私たちが小さいことは「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」と何かあるごとに言われた。精神論、根性論のようだが、実は非常に科学的にも本質的なことをある種の直感で捉えてああいう言葉になったのだと思う。科学で実証されるともっと発展していく可能性があると思う。

退屈を味わうのも大事

チェンさん 同じように世界的な価値観になるかもしれないものの1つに「もののあはれ」という不思議な概念がある。「悲しいこと」と「うれしいこと」が同居するすごく不思議な感情なんですね。例えば「目の前でいとおしい子供が元気そうに遊んでいるが、その一瞬はすぐにはかなく消えてしまう」というような、うれしいんだけどもの悲しいという感情。そういう感覚は日本では「もののあはれ」として定着している。最近はエゴダイバーシティ、感情多様性などという言葉も使われている。いつもポジティブな感情ばかり体験していると、実はレジリエンスが下がるとか、その後にウェルビーイングが発生しづらくなるという話があって、栄養バランスと同じように、退屈を味わったりということもバランス良くなっていかないと、心の弾力性も失われていく。「もののあはれ」みたいな発想が、普通に世界中でシェアされていくかもしれないと思うと面白い。

グラレコ完成版です。今回はセキミホコさんにお願いしました。

ご参加いただいた方からのイベントレポートです。




矢野和男さんのご意見募集です。引き続きご意見お待ちしております。7月上旬に日経朝刊に「COMEMOの論点」として掲載予定です。

COMEMOは7月も刺激的なイベントを計画中です。近くお知らせできますのでご期待ください!(スタッフ・山田豊)

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