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天職とは、天が決めた運命的な職ではなく、自分がそうだと感じるものである。だが、それで良い。

今回の日経COMEMOのお題は「天職」です。

筆者は、92年に大学を卒業して以来、9つの企業でマーケティングの仕事に就いています。直近の4社ではマーケティング部門の責任者をやっており、かつ、現在は副業的に顧客コミュニケーション、社内コミュニケーションなどマーケティングに関連するアドバイザ業務もいくつかやっています。

大学時代にマーケティングに憧憬を感じ、運よく新卒で入った会社でその配属をいただいて以来、30年間飽きることもなく、それをやり続けており、次の人生でも、その次の人生でもきっとマーケティングやるであろう、という程度にはマーケティングが好きです。

どんなメッセージを発したり商品を上梓したりしたら、お客様がどのように応じてくださるか、を考え、それを施策に変換するのが大好きで、自分が考え抜いた仮説に沿った反応が返ってきた時に、無上の嬉しさを感じます。

最近は「人間理解」に基づく「認知変容・態度変容・行動変容」を希求するもの、というマーケティング観から、マーケティングと人事の相似や近接を考えたりすることもあります。また、このように観ると、ともするとマーケテイングと分けて考えられがちな営業との間には境界線はなくなると考えてもいます。


このような考え方になってきているので、ここのところの日々の仕事の中身は、通常マーケティングと呼ばれるような業務、すなわち調査・コミュニケーションデザイン・商品開発などだけでなく、そこから大分遠いことも含みます。いわゆるビズデブや、組織の中でのおじさん役的なこと等。しかし、これらについても、今まで培ってきた考え方を援用して行っているので、筆者はマーケティングを拡張しているような気持ちで当たっています。

しかし、マーケティングが天職か、と聞かれると・・・・。それはわかりません。

なぜならば、他の仕事をしたことがないからです。
もう少し丁寧に言えば、学生の頃なんとなく興味を持った時から現在に至るまで、ずっとマーケテイングしかしておらず、比較対象がないからです。

自分が学生の頃に、AIDMA(消費行動を説明する古典的なフレームワーク)の代わりにブラックショールズ方程式にでも出会っていたら、もしかしたらファイナンスに興味が湧き、30年間その世界にいたかもしれない、と夢想することもあります。ファイナンスの道を選んだ自分が、マーケティングに対してそうであったようにファイナンスを愛したかどうかはわかりません。が、興味を持ったことに取り組み、取り組み続けるのは、少なくともそこそこは幸せなことなんじゃないかな、と思うことも。

何が言いたいかというと、何かの職に出会うというのは、レストランでメニューを選ぶようなこととは、違うのではないか、ということです。

職の種類が網羅的に一覧になっていたり、百科事典的なテキストを参考にしたり、ということももちろんあるにはあると思います。しかし、実際になされる選好は、その時に読んだ本、した勉強、一緒にいた人からの影響などから紡ぎ出される、その時々の興味関心から導かれるんだと思います。少なくとも筆者の場合はそうでした。

「天職」という言葉には、運命的に決められた、その人に最も合った仕事、という含意があるような気がします。
しかしこの言葉をこの意味で運用する限り、「私の天職はXXである」と明言できる人は、筆者と同じ理由で、そうそうはいらっしゃらないのではないか、と思います。

しかしこの言葉の意味を「自分が最も興味関心を持っていることを追求した先にある仕事、あった仕事」と捉え直せるのならば、筆者の天職はマーケティング(やその拡張)だと思いますし、そのような形で言葉にできる人は沢山存在するのではないかと思います。


天職に関して、後2つ思うことがあります。

一つ目。
この仕事が天職である、という感覚を「天職実感」と名づけるならば、その源泉は仕事そのものだけでなく、彼・彼女の環境も統合した経験から得られる幸福感・充実感なのではないか、ということです。

そうであるのならば「仕事が楽しいこと」や「仕事を通じて幸福を感じていること」=「天職実感を感じること」と、「その仕事が天職である」ことは必ずしも同一ではないのではないでしょうか?

なぜかというと、仕事を心から楽しめる状況のレシピには「何をやっている」という要素だけではなく「誰とやっている」「どういう組織文化の中でやっている」などの要素も結構入っています。

このうち、「誰とやっている」は特に重要であり、ここの具合によっては自分の興味関心と直結している業務でも、心から楽しめなかったりします。

これはつまり、自分の興味関心とつながっている仕事=天職に出会っていても、周りの環境次第ではそれを実感するのが難しいこともある、ということになる、という次第。

二つ目。
なので、天職実感を感じられるかどうか、には、知足のマインドセットや、まずは与えられた環境を最大限に使い倒す(=最初から青い隣の芝生ではなく、まずは自分の芝生でプレイし尽くす)というマインドセットが重要なのではないかということです。

もう少し厳密にいうと、与えられた環境の外側で、自分が非常に興味関心を持つことができる何かがあるのではないか、という探求をするのは良いと思うのですが、天職かもしれない仕事が、環境の影響で楽しくなく感じられてしまうのは勿体無さすぎます。

「もっと上手くやる方法を見つける」「周りからの期待値を知り、それに応える」といったことを、まずは現環境の中で仕事をより良く実践するために行うのは、自分を環境にフィットさせる、という考え方であり、まずこれを発動させる。

いきなり環境を変えに行ってしまうと仕事と自分の相性を見失ってしまうのではないか、ということですね。

以上、天職という概念について、思うところをつらつらと書き記してみました。
読者の皆さんは、いかがお感じですか?



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天職だと感じた瞬間

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富永朋信(プロフェッショナルマーケター・「幸せをつかむ戦略」著者)
9つの事業会社でマーケティングやってきました。うち、西友、ドミノ・ピザなど4社でCMO。現在は株式会社Preferred Networksの執行役員CMO、イトーヨーカ堂・セルム顧問、日経XTrendアドバイザリーボード、厚生労働省年金局広報検討委員、内閣政府広報アドバイザー等。