現金支給よりも強くモチベーションを掻き立てるもの
2019年、行動経済学者のダン・アリエリー教授と対談した際に、企業における報酬設計に関する、とても興味深いエピソードを2つ伺いました。
1つ目。欧州各地を回る、製薬会社の販売員グループを対象に行われた実験の話です。
この実験では、一人当たり15ユーロを渡した上で、販売員全体を2つのグループに分けました。そして、
<グループ1に対して>
この15ユーロは会社からの贈り物なので、好きに使え
<グループ2に対して>
そのお金でチームの誰かにプレゼントをするように
という指示を与えました。
読者の皆さんは、これらの措置により、それぞれのグループの営業成績はどのように変わったと思いますか?
グループ1、2とも営業成績は上がったのですが、上げ幅に差がありました。
1の方の上げ幅は5ユーロ未満であったのに対し、2の方は100ユーロ以上上がりました。
(*営業成績を計測した金額・時間のスパンは聞き逃してしまいました。しかしポイントは2のグループの方が遥かに大きな改善を見せた、ということですのでご容赦ください。)
この結果は一見「報酬が個人のモチベーションにつながる」という直感に反しているように思われます。
しかし、少し考えてみれば、販売員から同僚へのプレゼントを契機に、社員同士の関係が一段深化し、コミュニケーションが円滑になり、市場情報や販売ノウハウの共有、相互エンカレッジによるポジティブなマインドセットの強化といったことが起きた可能性、平たく言えばチームワークが推進された可能性は想像に固くなく、私にはとても納得感がありました。
2つ目のエピソード。
当時、米インテルの工場では、工員は四勤四休の1日12時間労働、というシフトで仕事をしていたそうです。
休み明け初日は、休みボケ的に生産性が下がるのではないか、という仮説を持った工場のマネジメントは、スループットを高どまりさせるために、以下のようなインセンティブの仕組みを検討しました。
<インセンティブの仕組み>
・休みあけ初日の勤務日は、高い生産目標を設定する
・従業員を4つのグループに分け、うちグループA/B/Cには、初日の目標を達成した場合、以下を与える
(グループA):現金30ドル
(グループB):ピザチケット
(グループC):上司からのサンキューeメール
・グループDは何もせず、比較対象=基準点とする
さあ、それぞれのチームのパフォーマンスはどうなったと思いますか?
まず、四勤初日のみを切り出してパフォーマンスを比べてみると、一番よかったのは、ピザとサンキューメールでした。基準点と比べて7%高い生産性でした。
飴としての効果が一番高そうに感じられる30ドルは、基準点と比べて5%高い生産性、となりました。
次に、四日間通してのパフォーマンスに目を向けると。
一番よかったのは、サンキューメール。
次に、ピザと何もしかなかった基準点は同じくらい。
30ドルは、なんと何もしないのを下回ってしまいました。
上司によるサンキューメールは、承認と感謝を伝える働きを持っており、それにより従業員との間に築かれた感情的な絆により、四日間通算のパフォーマンスが形作られたのではないか、と感じるとともに、現金によるボーナスは支給日以外のパフォーマンスを下げる、という事実は、なんとも衝撃的に思われます。
今回のCOMEMOのお題をいただき、筆者が想起したのは、上の2つのエピソードでした。
相互理解の発露としての「職場での褒め行動」は働き手のモチベータとなり、結果パフォーマンスが上がる、という考え方をベースにした出題だと思いますが、その通り、承認が可視化されたり、善意に基づく利他行動が行われたりすると、組織の効率が上がる、ということが、上のエピソードから伺えます。
また「強いスクラムによるチームのパフォーマンス>個人業務の合計」な構図を作るための動機付け・報酬設計、という考え方ができる、という点や、チームワークをよくするきっかけは組織側が意図的に設計できる、といった点も、組織マネジメント上大きなヒントになるのではないか、と思います。
最後に、筆者が誰かに褒められて一番嬉しかったことは何か、と思い返してみると。
小学五年生の時、担任の木村先生から「君はとてもしっかりした文章を書くね」という言葉をいただいた時なのではないか、という結論に至りました。
それ以来、筆者は、自分の文章に自信を持ち、積極的に学校行事の印刷物に寄稿したり、勢い余って他人の読書感想文を代筆したりするようになりました。
そして、気づいてみたら、書くことがとても好きになっており、今ではこうして記事を投稿したりしている次第。
あるいは先生は何気なくおっしゃったのだとも思いますが、ことほどさように承認には、人を動かす力がある、ということを、我が身に起きたことで再認識して、今回は筆を置きたいと思います。
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