「自分で手を動かさず部下に任せろ」という指示がダメな理由
中間管理職が育つとチームの生産性は爆増する
何人かの管理職(マネージャー)を統括する立場のマネージャーを、グループ・マネージャーと言ったりします。課長を統括する部長だったり、さらにその部長を統括する本部長だったりですね。マネージャーの役割は会社から与えられたチームのアウトプットを最大化することですが、グループマネージャーには、そのミッションを達成するためにとりわけ大切な、普通のマネージャーにはできない仕事があります。それはマネージャーを育てることです。
長年グループマネージャーの仕事をする中で、私がしみじみと感じているのは、中間のマネージャーたちのパフォーマンスは、チーム全体のアウトプットを何より大きく左右するということです。これを実感してもらうため、一つ思考実験をしてみましょう。ジャムパン、クリームパン、あんパンをなるべく沢山作る、というのがミッションの、合計9人のチームがあったとします。それぞれのパンに3人つづ担当をあてがって、3人のうち1人をマネージャーに任命するとします。これで初日はジャムパン、クリームパン、あんパンがそれぞれ100個、50個、200個作れたとしましょう。
あんパンチームの生産性は、ジャムパンチームの2倍、クリームパンチームの4倍です。そこで、グループマネージャーは1日作業を止めて、あんパンマネージャーのチームマネージメントのやり方を、ジャムパンマネージャーとクリームパンマネージャーに共有する会を開いたとします。そこで全チームの生産性が同じになれば、5日経った時点で作れたパンの累計は、初日の350個+2日目の0個+3〜5日目の合計1,800個で2,150個となります。初日のペースでそのまま行くと1,750個ですので、1日作業を止めたにも関わらず、全体の生産性は大幅にアップしたことになります。
これが次の週、そのまた次の週、と続けば、その違いは数倍、数十倍にも広がっていくことが簡単に想像できるでしょう。というわけで、中間にいるマネージャーのパフォーマンスを上げるための教育はとても大切なのです。そこでの改善ポイントは色々あるのですが、中でも最も即効性があり、かつマネージャーたちのお悩みポイントであることが多いのが「任せる」という技術です。少し専門的にいうと「デリゲーション」の技術ということになります。
「自分で手を動かさず部下に任せろ」ではダメ
管理職の方、とりわけデビューしたてのマネージャーの中には、「任せる」のが苦手だという人が少なくないでしょう。これは無理もありません。多くの場合、マネージャーは、「自分で手を動かすのではなく、任せるのがマネージャーの仕事だ」などといった、極めて雑なアドバイスだけを武器に現場に放り出されているのです。これで「任せる」がうまくできないのは、はっきり言ってマネージャー自身ではなく、そのようなアドバイスしかしていないグループマネージャーの責任です。
このアドバイスの何が問題なのかというと、まず何より「任せる」の解像度が極めて低いことです。任せる、というとき、具体的に何をしたらいいのか、これではまるでわからないのです。もう一つの問題は、自分で手を動かすなという言い回しが、まるで何もしないことが正解だと言わんばかりにマネージャーには聞こえることです。
マネージャーになるような人は、多くの場合仕事熱心です。それまで人一倍熱心に仕事をすることで評価されてきたりしたわけですから、何もしないということが不安で仕方ありません。そんな人に何もするな、と言ったら何が起こるか。ここで少し想像してみてください。そう、一部の簡単な仕事を部下に任せて重要な仕事は自分でやり続けるか、任せた上で細かく手出し口出しするマイクロマネージャーになるかのどちらかが関の山なのです。
実際のところは、「任せる(デリゲーション)」というのは、マネージャーの「アクション=行動」です。マネージャーはデリゲーションというアクションをするのであって、決して「何もしない」のではありません。グループマネージャーが「任せる」の解像度を上げて具体的なアクションに落とし込み、そのアクションの出来栄えをよく観察して評価してあげるようにすれば、優秀なマネージャーはすぐに意識と能力を「任せる」に集中させるようになります。早い場合は次の日からそうなります。
評価し、指示し、モニターし、調整し、介入する
さて、それではその「任せる」の具体的なアクションとは何なのでしょうか。ここでは、それを次の5つのステップに分けて考えます。「1.評価する」「2.指示する」「3.モニターする」「4.調整する」「5.介入する」です。それぞれ順番に細かいところを見ていきましょう。
1. 評価する
この最初のステップでは、マネージャーは、各メンバーがそれぞれどんなレベルにあるのかをまずしっかりと見極めます。過去にお願いしたことと、それに対するアウトプットを見返して、「ここまではできるけどここからはできない」などという仮説を立てるのです。
ここの見立ては正直とても難しいのですが、いきなりズバッと正解を出す必要はありません。
この後のステップで修正していきますので、この時点ではまだ「仮説」で問題ないのです。そう意識することで少しリラックスして、とにかく次のステップに歩みを進めることがここでは重要です。
2. 指示する
1.の評価にもとづき、ここまでは自分でできそう、というエリアを指定して、そのエリアの中では自分の考えで自由にやってもらうよう指示をします。
ここからは難しそう、というエリアは逆に細かくやり方を指示し、それに従って進めてもらうよう指示します。
例えば、企画を任せるに当たって、課題の整理は細かくやり方を指示し、その課題に対する解決策は自由に考えてもらう、などと指示を出し分けるイメージです。
3. モニターする
任せた仕事がうまくいっているかどうかをモニタリングします。
このモニタリングのステップはデリゲーションの最重要ポイントです。なぜなら、このステップは前半の1.と2.の答え合わせをし、間違っていれば3.や4.のアクションを通して調整する、というステップ全体の橋渡しの役を担うからです。
これを実践する上でのコツは「仕組みをつくる」ことです。定例の報告会議をセットしてもらったり、チームミーティングで各自決められたフォーマットで報告してもらう、などなど。日報や週報を出してもらう、という手もあります。
このように仕組み化せず、マネージャーの側から逐一チェックしにいく、というのは絶対に避けるべきです。
それではマネージャーの方もつい忘れてしまいますし、しきりに進捗を聞かれるのはメンバーとしては辛いものです。信頼されてない、と感じると自信もなくなり、そのことがメンバーのパフォーマンスを落としてしまう、などということも十分に考えられます。
4. 調整する
3.のモニタリングの結果、順調に進んでいる場合は「いいぞ!」と励まし、うまく行ってない場合は助言して軌道修正をします。
場合によっては、ここで1.の評価を見直し、指示を洗い替えすることもあるでしょう。
助言や励ましは、直接言わずに「ナッジ」するという手もあります。ナッジとは「肘でつつく」という意味で、そのままの調子で更に歩みを早めたり、少し軌道修正したりを、言われてではなく自分の意思でやってもらえるよう促すアクションです。
チームの定例報告で、あるメンバーにだけ「そこもう少し詳しく説明してもらっていいですか?」とマネージャーが問いかけたら、感度の高い人なら自分の進め方に何か問題がありそうだ、と察するでしょう。
直接助言・指摘する方が誤解もなく、確実でスピーディーなのですが、直接的な助言にはメンバーの自信や主体性を奪ってしまう、というデメリットもあります。
そのあたりのメリット・デメリットを理解した上で、助言とナッジを臨機応変に使い分ける、というのもマネージャーの大事な仕事であり技術なのです。
5. 介入する
最後に介入です。業務の一部または全部をマネージャーが巻き取ることです。
これは「最後のステップ」というよりは「最終手段」です。
つまり、このまま進めてしまっては、会社やチームの業績、あるいは本人の自信が壊滅的なダメージを被ってしまうと考えられる場合にのみ、マネージャーは最終手段としてメンバーの仕事に介入するのです。
そうして介入するケースでも、巻き取る仕事はできるだけ少なくなるように調整し、マネージャーはメンバー自信のレベルに十分に配慮しなくてはいけません。「もういい、君は下がってろ」などと乱暴に仕事を剥ぎ取ってしまうのは問題外です。
そもそも、介入しなくてはいけない状況を作り出したのは、他ならぬマネージャーです。1.〜4.のデリゲーションが上手くできていれば、この最後の介入には本来出番がないはずなのです。
1.〜4.の技術は、すべて5.の介入を防ぐために存在する、とも考えられます。見方を変えると、マネージャーが介入しなくても良い状態というのは、デリゲーションが上手くできている、という答え合わせとしても使えるわけですね。
「任せる」はマネージャーのアクションであり技術
さて、ここまで読んでいただければ、『「自分で手を動かさず部下に任せろ」という指示がダメな理由』というタイトルの答えがわかったのではないでしょうか。
そう、そのような指示がダメなのは、「任せる(デリゲーション)」というのが、れっきとしたマネージャーのアクションであり技術であるからなです。マネージャーは何もしないのではなく、任せるというアクションをするのです。そのための技術を知り、実践し、磨いていく必要があるのです。
「誰かに何かを任せる」というシチュエーションには、グループマネージャーやマネージャーではなくても、誰もが割と日常的に遭遇するのではないでしょうか。子供におつかいをお願いする、というのもある種のデリゲーションです。ここで解説した技術は、そうしたシチュエーションに幅広く応用できますので、まずは身近な機会で実践してみることがおすすめです。
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