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「職を失う」をどうとらえればいいのか。

みなさんこんにちは、澤です。

前回の記事も、とてもたくさんの方に読んでいただいてうれしいです!

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さて、今回のテーマは「職を失うことをどうとらえるか」って話です。

まずはこの記事。

みんな大好きGAFAの一角、Amazonさんが人員削減とか。
といっても、別に倒産寸前とか経営破綻とかそんな話ではないでしょうけれど「最適化」の一環として人を減らすというアクションを選択したのでしょう。

そして、こちらも注目ですよね。

マスク卿、ガンガンいきますね~~。
でもまぁ、なんとなく予想通りって感じもしますけど。あの方、めちゃくちゃなワーカホリックですし。

さて、こんな感じでアメリカのテック企業の人員整理などの話題は日本でもよく取り上げられますが、たぶんこれは他の業界やアメリカ以外の国でもボチボチ起きてるんじゃないかなって思ってます。
日本は、とにかく指名解雇・金銭解雇がしにくい国なので、「人員整理」に対してちょっと過剰に反応しているようにも感じるんですけれど、「ビジネスの縮小に伴って人員を整理する」っていうのは、ある意味経営の中では日常的に行われていることで、ボクもその現場に居合わせたことは何度もあります。

とはいえ、職を失うってかなりショックであることは、洋の東西を問わず同じことだと思います。
単純に収入なくなるし、今までの肩書も失うわけで、やっぱりいろいろとコタえますよね。
自分の意志ではなく職がなくなってしまうのは、外資系にいればある程度は覚悟しているものですが、それでもやっぱりしんどいものです。
でも、自分の意志以外で職を失うという意味で言えば、定年退職だってそうですよね。
これは制度としてしっかり決められているものであって、そこに本人の意思はないですよね。
雇用延長とかいくつかのオプションが用意されてる場合もありますが、基本は終わりが決まっているのではないでしょうか。
終わるタイミングは決まっているのに、職を失う覚悟がうまくできなかった人は、その後にちょっと残念な人生を送ってしまうパターンも散見されるようです。
ある人は、会社名なしで自己紹介をすることがどうしてもできず、自分で「元部長」と書かれた名刺を持ち歩いているそうです。
また別の人は、現役時代にはたくさん受け取っていた年賀状が激減してしまったことにどうしても耐えられず、自らの命を絶ったとか。
2021年に発生した鉄道係員に対する暴力事件の加害者は60代以上が25.4%で一番多く、定年間近もしくは定年後の年代が何かのいらだちをぶつけがちなのが透けて見えてきます。

ということで、「職を失う」ってことに対して、しっかり準備をしておいた方が、いろいろとよさそうな感じがしませんか?
ボクは会社を自分の意志で辞め、自分しかいない会社を作ってその代表取締役の座に収まっているので、もう職を失うことはありません。(仕事の依頼が来なくなることはあり得るけれど、それはまた別の話で・・・)
ということで、職を「与えられるもの」ではなくて「自分で作るもの」って考え方をするのはとても大事だと思うんですよね。
勤め人の時にも、できる限りの「汎用スキル」を身に着けておいて、いつ職を失ったとしても別の会社の同じ職や、今までの知識・経験が生かせる状態にしておくのは、本当に重要なことだと思います。
普段仕事をしていると、この辺の意識をする機会ってなかなかないと思うので、これ読んだ人のなかで職務経歴書を書いてない人はすぐ書きましょう。
まずやるのは自分の棚卸です。

さて、職を本当に失ってしまっている人はどうすればいいでしょう。
職を失っても、まだ人生は失っていないはずです。生きてなければ、この記事読んでないでしょうからね、たぶん。
なので、職を失った人は、いい機会だと思って、自分がどうありたいかを見つめなおす時間を作りましょう。
「いや、今日食べるものにも困ってるんですけど・・・」って人は、とにかく「助けてくれ」ということをいう相手を探すところからスタートですね。
そのつもりになれば、見つけられる可能性は決してゼロではないはずです。
職を失ったことで人生も一緒に投げだしちゃうのは、実にもったいないと思うんですよね。
どうせ人間いつかは死ぬんだし、そのタイミングをちょっと先にしてみようかな、くらいの感じであれこれやってみましょうよ。
ボクは割と毎日そんな感じで生きてます。

トップ画像は、ボクの会社のロゴのネオン管。超お気に入りです。
ネオン管って、なんかワクワクしません?ボクはします、はい。


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