「タブーラインを引き下げる商品で男性の行動範囲を広げたい」競争せずに成長するには?~~ニッチ戦略の本質
2021年12月21日(火)NIKKEI LIVE「競争せずに成長するには?ニッチ戦略の本質」を開催しました。イベント内容の一部をご紹介します。
今回は「競走せずに成長するにはどうすればよいのか?」をテーマに、「GATSBY」ブランドで男性向け化粧品市場というニッチを切り開き、現在コロナ禍の影響もあり苦戦を強いられているマンダムの戦略を具体的な事例として取り上げながら、早稲田大学ビジネススクール教授の山田英夫さんをお迎えして、「ニッチ戦略」の本質とニッチ市場における戦い方について考えました。マンダム社長西村健さんにはVTRでご出演いただきました。聞き手は、大岩佐和子編集委員が務めました。
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ー大岩編集委員
「ニッチ」という言葉を、山田さんはどのように定義していますか?
ー山田さん
まずよくある誤解として、「ニッチは小さい売上げの会社や事業のことである」ということがあります。そしてもう1つ、ニッチを「差別化」と誤解しているケースもあると思います。似ている言葉ですが、差別化はリーダーと戦う戦略で、ニッチは戦わない戦略ですから、ここを混同してはいけません。
ー大岩編集委員
ではここで、具体的な事例として、マンダムの男性向け化粧品市場について紹介します。
マンダムは、1978年の発売当時から「GATSBY」ブランドで男性向け化粧品というニッチ市場を切り開き、資生堂や花王など並みいる強豪の中で様々な商品を投入しながら勝ち抜いてきました。2020年には、KOSEIや菊正宗などの異業種からの参入が相次ぎ、市場は一気にレッドオーシャン化しました。コロナの影響を受け、マンダムの約6割を占める男性化粧品の売上は、2021年3月期に前年同期比の20%ダウンし苦戦を強いられています。マンダムは今年4月、39歳にして創業家から5人目となる西村健新社長が登場しました。26年ぶりの社長交代です。
男性化粧品市場への異業種、大手からの参入を西村社長はどう見ているのでしょうか。お話を伺いました。
ー西村さん(※インタビューVTR出演)
長年、男性化粧品のカテゴリは少なく、例えばスタイリングだけ、洗顔だけという感じでしたが、いろいろなカテゴリに広がっていく中で、都度新しいプレイヤーが増えていっていると思います。
特に昨今は若い層を中心に、メーク(化粧)行動に対する興味が増えてきているので、カテゴリもどんどん増えています。そのようにして市場が活況になっていくことは、我々にとっても「ようやく男性化粧品がメイン舞台に出てきたな」という思いです。
ー大岩編集委員
このお話について、山田さんはいかがでしょうか?
ー山田さん
「業界」の境界線というのは、企業側が勝手に作っている境目であって、今の時代はお客様がそれを壊していっています。そして、新しいプレイヤーが入ってくれば業界はもちろん変わっていきます。企業はそれに答えていかなければいけませんから、昔のような産業別という枠組みだけで競合を見ていると間に合わなくなってしまうと思います。
ー大岩編集委員
最初にニッチ市場を開拓することは非常に勇気がいることだと思いますが、一方で先行者利益というものもあると思います。先行者のメリットは、具体的にどんな点でしょうか。
ー山田さん
「ファーストペンギン」とも言われ、とても勇気のいることだと思いますが、そこにはリターンもあるわけです。例えば、会社のブランドが一般名詞になることでお客様の頭の中に参入障壁を作ることができます。お客様に「ポストイットください」と言われたら店員はスリーエム(3M)の商品を出しますし、「カップヌードルください」と言われたら日清食品の商品を出すわけですよね。先発で早く市場を作り一般名詞になり、お客様の頭の中に入ってしまうことは絶対に優位です。
それから、早く出すことで利用者の生の声を先につかむこともできます。最近は、メーカーがアプリケーションをすべて用意して「はい、どうぞ」という時代ではありません。製品を出して、お客様の使い方を見ながら次の製品につなげていくほうが多いです。出してみない限りわからないことは多いので、これも有利な点と言えると思います。
そして「切り替えコスト」ということもあります。ある製品を使ってそれに慣れてしまうと、後からもっといい商品が出てきても、なかなか変えにくいということです。昔は、無料で商品を配って早く普及させるという戦略をとる会社もありました。
先発者になることは勇気がいりますが、それによって得られる利益もいろいろあるということです。
ー大岩編集委員
では、マンダムはどのような戦略をとっているのか、ここ最近の「GATSBY」ブランドの戦略を見てみます。
マンダムは今年10月に、「GATSBY」初のメンズコスメラインを立ち上げました。メーキャップ、スキンケア、スタイリングを組み合わせながら現代の若者層がなりたい像をトータルでデザインするコスメラインです。販路もドラッグストアではなくLOFTとECに限定して展開し、ヘアスタイリング剤のイメージが強い「GATSBY」が本格的にコスメ分野に進出しました。この新ライン戦略にはどのような考えがあるのか、西村社長に伺いました。
ー西村さん
今まで「GATSBY」がアプローチできていなかった層にアプローチするには、マスの市場に流すよりも「限定感」をもたせたほうがいいと思いました。調べてみると若者層は、選別流通を行なっているLOFTさんやECのような場所に、SNSからアプローチをして情報を取りにいっていることがわかりました。それが今回、流通と商品のところで考えたことです。
ー大岩編集委員
今回「GATSBY」は初めて販路を限定しているのですが、この戦略についてはどうでしょうか。
ー山田さん
限られたターゲットに届けたいという気持ちが強かったようなので、ターゲットが最も接近しやすい場所ということでLOFTを選ばれたのだろうと思います。「絞る」ことで売上はあまり多くとれなくなりますが、狙った通りのターゲットに届けるという意味では、初期の戦略としてはアリだと思います。いきなり従来のチャネルで出すと、「既存ユーザーの離反」「新規顧客の獲得が進まない」という両方の問題が同時に起きてしまうと思います。
ー大岩編集委員
マンダムはこの戦略で危機を乗り越えられるのでしょうか。今後の市場との向き合い方について、西村社長に聞きました。
ー西村さん
マンダムには「タブーラインを引き下げる」という社内用語があります。世の中で本当の意味ではタブーになっていないものの、空気感としてタブーになっているもの、一番わかりやすく言うと「男が化粧をするなんて」という話があったとき、それはなぜかと考えてみると、世の中に固定観念のようなものがあるからだとわかります。
昨今、少しずつ変わってきている部分はあると思いますが、例えば男性の化粧行動の範囲を広げる商品を作ることで、我々は男性の様々な可能性を広げていきたいと考えています。長く男性をターゲットにやってきて自負がある部分ですし、今後もやっていきたいと思っています。
ー大岩編集委員
さらに、男性化粧品のような「市場の中の空白地帯」に市場を作っても、他社の参入が相次ぎすぐにレッドオーシャン化してしまい、次々新しいニーズを見つけて創造していかなければならないことについて、最後に西村社長に伺いました。
ー西村さん
そこは、意識的に「じゃあ、次の空白を探すぞ!」とやっているわけではありませんが、マンダムの行動原則の1つとして「生活者発、生活者着」というものがあります。いつの時代も生活者をしっかり見て、どんなことを求めているのか、どんなものがあったら嬉しいのか、それを半歩先回りして提供したいと考えています。
そのような想いをもちつつ、私はよく「2つのソウゾウリョクを膨らませましょう」という話をしています。1つは、思い描く「イマジネーション」の想像力です。そしてもう1つは、想像を実行し作り上げていくための「クリエイティビティ」の創造力です。その2つを高いレベルで維持しつつ、さらに高めていけるような学び方や働き方をしてもらいたいと、社内ではよく話しています。
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西村健さん
マンダム社長
2005年早稲田大学人間科学卒。08年マンダム入社。17年IESE Business School(スペイン)MBA課程修了。17年執行役員、経営戦略担当兼経営戦略部長。18年常務執行役員、マーケティング統括。19年取締役常務執行役員。21年4月から現職。
山田英夫さん
早稲田大学大学院経営管理研究科教授
慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)、博士(学術)早稲田大学。三菱総合研究所にて、大企業のコンサルティングに従事した後、1989年より早稲田大学で教鞭をとり、現在に至る。専門は競争戦略、ビジネスモデル。著書に『異業種に学ぶビジネスモデル』『競争しない競争戦略 改訂版』(日本経済新聞出版社)など多数。
大岩佐和子
日本経済新聞編集委員
1996年入社し、流通業の取材を5年間した後、地方行政の担当に。2013年から再び流通業を取材。日経MJデスクを経て、2018年4月より現職。
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