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アート思考を組織課題を明らかにするところから始めてみよう Arts-Based Initiativesにおける多様な事例

前回、アート思考をめぐる研究が「Arts-Based Initiatives」というキーワードのもと、豊富に蓄積されていることを紹介した。そこでは、組織運営やビジネス上の課題に対して、アートで介入することによって改善を図っていく取り組みがあり、様々な芸術様式が取り入れられている。

アート思考といえばビジュアルアート、特に現代美術を対象として論じられることが多い。

確かに、マルセル・デュシャンの≪泉≫のように、既存の概念を打破し、革新的な思考をもたらすものや、世の中の常識を疑い、問題提起をするスペキュラティブ・デザインの作品群は、先行きが不透明な時代に新たなアジェンダを設定し、時代を切り拓いていくための思考法に繋がるものであり、革新的なビジネスを生み出すうえでも重要なものだ。特にこうしたビジュアルアートの中では、「脱構築」が重要な概念であることは以前のNoteでも触れた通りである。

その一方で、Arts-Based Initiativesの中には必ずしも現代美術だけではなく、音楽、コンテンポラリーダンス、即興演劇など多様な芸術様式が使われている。これは、組織が抱える課題が何なのか、そのためにどのようなアートやアーティストと連携する必要があるのかを検討した結果であるだろう。

そこで、今回はこうした様々な芸術様式を組織経営に取り入れた研究事例を紹介してみたい。中でも、経営学の学術論文誌であるJournal of Business Researchで2018年に発刊された特集号『The arts as sources of value creation for business: Theory, research, and practice』の中から、特に興味深いものをピックアップする。

コンフリクト下における音楽による関係性の改善

Ippolito, Linda M. and Nancy J. Adler. 2018. Shifting metaphors, shifting mindsets: Using music to change the key of conflict. Journal of Business Research 85, 358-364.

この研究は、グループに対して音楽の体験で介入することにより、マインドセットが代わるかどうかを実証的に研究したものである。特に人々の間で利害の対立(コンフリクト)が発生するような環境下において、①コンフリクトにおける感情を伝えるような音楽プレイリストの作成、②弦楽四重奏のリハーサルの聴講、③メンバーによる共同の音楽演奏、という3つの体験を行う。なお、弦楽四重奏のリハーサル聴講は、互いに対等な立場でどのようにコミュニケーションを取っているかを生で体験する目的で行われた。こうした介入の結果、それらを行わないグループに比べて、対立的な思考からより協力的な思考を持つようになり、感情や関係性の重要性をより認識するようになるという結果が得られている。

スポーツチームへの音楽的介入

Sorsa, Virpi, Heini Merkkiniemi, Nada Endrissat, and Gazi Islam. 2018. Little less conversation, little more action: Musical intervention as aesthetic material. Journal of Business Research 85, 365-374.

この研究は、フィンランドのアイスホッケーチームに音楽的介入を行ったものである。このチームは不振に陥っており、メンバー間のコミュニケーションにも不調を来しており、秋のシーズンで11敗している状況だった。そこで、①入場時や退場時など、シーンごとに使うテーマ音楽の設定、②チームメンバーによるロックバンド演奏といった介入を行った。そのためにギターやキーボード演奏のためのレッスンも行い、最後にはファンの前で演奏するということまでやっている。これらの結果、音楽演奏における(感覚的な)シンクロナイゼーションと集団的参加によって、自分自身と他のメンバーに対する理解が深まり、言葉では表しづらいことに取り組めるようになったとしている。音楽がコラボレーションに有益であることを示唆した結果となった。

即興演劇による自治体のイノベーション力の向上

Nisula, Annna-Maija and Aino Kianto. 2018. Stimulating organisational creativity with theatrical improvisation, Journal of Business Research 85, 484-493.

この研究は、フィンランドの自治体組織を対象に、イノベーション力を高める目的で行われた。この自治体は研究の少し前に6つの自治体が合併してできたもので、少ない資源の中で新しい業務のやり方などを考えていくため、組織としてのイノベーション力を高めていく必要があった。本研究では20カ月の長期間にわたり、①即興演劇のエクササイズ(自然発生的な自己表現などを含む)、②他の参加者と共同で行う即興演劇の実践、③エクササイズ・実践の振り返りを行った。その結果、個人においても、組織においても、創造性が高まったことが示されている。特に重要なのは、自分自身や他者の微妙な意図を表現したりくみ取ったり、協働的な活動を生み出すことが容易になったことである。

組織課題から導き出すアート思考の取り組み

今回紹介したのは、音楽や演劇などのアート形式を用いた取り組みだ。これらの取り組みは、他者とともに取り組むこと、言葉ではなく感情や感覚で表現することに特徴がある。

これらのアート形式の活用は、他者とのコミュニケーションや相互理解といった組織上の課題に対応する際に有効であることが分かる。また、言葉ではなく感情や感覚を表現することで、普段の自分の考え方の殻を破り、より自由で開放的な思考を手に入れることができる。創造性の源は開放性(openness)であるという考え方もあり、それをもたらすためのアート活用も重要な視点である。

その一方、即興演劇の事例で見られるように、創造性やコミュニケーションへの刺激が個人と組織に反映されるには、年単位での長期的な取組も必要である点には注意が必要だろう。

いずれにしても、組織がアート思考から有益な成果を得るためには、組織の課題が何であるのかを明らかにし、そこからどのようなアートが必要とされるのかを考えていくプロセスが重要なのかもしれない。


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