異次元の少子化対策は「大いなる少子化促進政策」だった
少子化対策といいつつ、いつの間にか財源の話ばかりになって、何の政策にいくら使うことが本当に少子化対策になるのか?という本質的な議論が蔑ろにされています。
そもそも御用学者による鉛筆なめなめの資料を正式なものとして採用している以上、本気で成果を出すつもりはないのでしょう。
喫緊に取り組むべき課題はそこではない。
激しい物価高の中で実質賃金が下がり続けている現状は大企業の賃上げではカバーできません。若者が若者のうちに結婚できない経済環境をさらに悪化させるだけでしょう。 それは婚姻の減少という形で顕在化します。そして、婚姻が1つ失われれば、「発生結婚出生数」の公式に則れば、最低でも将来の1.56人の出生が失われます。まさに「大いなる少子化を促進する政策」です。
にもかかわらず、政治は「社会保障費をあげろ」といい、経団連は「消費税をあげろ」といい、揃いも揃ってバカなの?と思いたくもなる。
別に、どこかの党みたいに「消費税廃止」なんて思わないが、国民負担を求めるのであれば、タイミングとそれなりのステップが必要。そういう意味では、今この時期は社会保障費や消費税などをあげるタイミングでは決してない。
そもそも、政治の思惑としては、ひとつに防衛費増の隠れ蓑として少子化対策を掲げたに過ぎず、もうひとつは「子育て支援でバラマキしろ」という野党と公明党とそれで利益を得る団体がうるさすぎて、元々そこには消極的だった自民党が野党案潰しとして出したようなもの。いわゆる選挙対策だし、し支持率対策で、要は政党運営のため。どっちにしろ、政治の道具として語られているだけに過ぎず、少なくとも本気で「児童手当増やしたら少子化が解決する」などと思っている官僚も政治家もいない。いたとしたら本当の無知だ。
児童手当なんかを拡充しても、それ以上に社会保険料や消費税があがって国民負担が増えるのであれば本末転倒で、これでもっとも被害を被るのは、今結婚したくても経済的にできない多くの20代の若者であり、今の子どもたちの20年後です。
2020年5月にまとめられた「少子化社会対策大綱」では、重点政策として、1番最初に「若い世代が将来に展望を持てる雇用環境等の整備」、2番目に「結婚を希望する者への支援」が挙げられていました。
これは少子化対策の本質は子育て支援以上に若者の経済環境の改善が優先すると明記した点で画期的でした。そして間違っていない。支持率対策や選挙対策的な視点ではなく、この大綱の時のような本質的な考え方に戻ることが大事だと思います。
結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか、以前の問題として、日々の生活で精一杯な国民、特に若者を減らさないと、子どもの数云々の前に終わる。別に一揆や暴動や犯罪が増えるのではない。多くの中間層以下の若者たちが夢も希望も失い、あらゆるモチベーションをなくしてしまうということの方が深刻なのである。
タワマンに住んて、デリバリーフードを頼みながら「お前、清潔感ないな」と見下す勘違いした意識だけ高い系単に金稼いだだけの精神貧乏な上級国民気取りのバカだけで国が保つというのならどうぞやればいい。ちなみに、本物の上級国民はそんな見下し発言などしない。
もはや、この「異次元に的外れな少子化対策」そのものを辞めるという勇気が必要なのではないでしょうか。だってその予算、本当にムダ金だから。
何度もいうように、家族関係の政府支出を増やしても出生数はあがらない。
今子育て世帯の子どもを2人から3人に増やせば少子化は解決などという世迷い事を言う教授とかいて呆れるのだが、それも全くもって間違っている。3人目を産む割合は結構維持している。むしろ1人目が生まれないことの方が問題。そもそも1人目がなければ2人目も3人目もない。
メディアも相変わらず「出生率1.26過去最低」などと恐怖を煽るが、むしろちゃんと報道すべきは同じ1.26でも2005年と比べて出生数が30万人も減っていることの方。つまり、何回もいうが「少母化」の深刻化。産む方の人口減少がそのまま低出生になっているだけの話。そしてこんなこと30年前からわかっていたことでしょって話。
そして、反対しかしない野党も「効果のない少子化対策なんてやめよう」とそこは一致団結しないと…。
これからの50年に必要なのは、できもしない少子化対策ではなく、どう転んでも子どもの数は減るのだから、人口減少しても成り立つ財政や経済のシステム作りを今からやっておくこと。少子化を改善するのではなく、少子化であっても成り立つ国家運営の道筋を考えることである。だって、出生数は減るし、人口減少は絶対に不可避なんだから。
まあ、政治家なんて数年後の自分の選挙やポストしか考えていないので、50年後なんかどうだっていいんだろうな。「政治家」ではなく「政治屋」しかいないから。そもそも50年後は本人すら生きていないし。