1か無限の話
どうも、すべての経済活動を、デジタル化したい福島です。
今日は最近ぼんやりと考えている「1か無限」の話をしたいと思います。
デジタルが前提となった社会で、企業が取りうる選択肢は、1か無限かのどちらかであるという話を最近は考えています。
1か無限か
1か無限かというのは、「1=極限まで製品ラインナップをしぼる」、「無限=極限まで製品(情報)ラインナップを増やす」という両極端な戦略です。
1の会社の典型例は、AppleやTeslaです。無限の会社の典型例はGoogleやAmazonです。
1の会社
1の会社は、製品ラインアップを極限まで絞ることで、品質を高めます。
かつての携帯電話や車などは、様々な機種・カラーが存在することが前提の産業でした。しかしAppleやTeslaは1つのラインナップで多くのユーザーに普及させることに成功します。スティーブ・ジョブズがCEO復帰した際にはじめに着手したのが、「製品ラインナップを絞ること」だったそうです。
供給者側の理屈で考えると、ラインナップは極限まで絞れるほうが良いです。製造管理、在庫管理、マーケティング・営業の複雑性、裏にあるソフトウェアのアップデート難易度…扱う商品数が増えれば増えるほど難易度は上がっていきます。
じゃあすべての会社がラインナップを絞ればいいかというとそんな単純ではありません。ラインナップを絞ることで、売る難易度は上がります。なのでAppleやTeslaはブランド・マーケティングにものすごく投資しています。昔は人と違う携帯を持つことが当然だったのが、いつからか皆同じiPhoneをもつことがかっこいいという価値観に転換したのは本当にすごいことだと思います。また、代理販売が当たり前だったメーカーの世界で、直販で売れるようにしたことも大きな発明でしょう。Apple Storeは当時の常識からするととんでもない発想でした。Teslaも自動車業界では異端といえる、オンライン販売を重視する戦略を取っています。
この考えはとてもソフトウェア的です。ソフトウェア製品でユーザーごとにUIを変えたり、裏側の仕組みを個別にカスタマイズをし、複数のバージョンを複数のユーザーに出している会社は稀でしょう。基本的には標準といえる一つの製品があり、それをあらゆるユーザーに使っていただく。カスタマイズに工数を張るのではなく、皆が使う標準部分の品質を上げることに工数を使う。アップデートを前提とし、アップデートをどんどんしていくことでUXをよくしていく。ラインアップを絞ることでクオリティを上げるということがソフトウェアの基本的考え方です。
AppleやTeslaはハードウェア企業でありながら、その本質は裏側にあるソフトウェアにあると思います。iPhoneの要はiOSとAppStoreにあり、Teslaの要は自動車にのるOSと自動運転(補助)にあります。
私自身、過去iOSアプリ/Androidアプリを主力製品とする会社を経営していました。iOSアプリと比較して、Androidアプリは品質を保つのは非常に大変でした。ユーザー毎に画面サイズがバラバラですし、会社によってはAndroidを魔改造したOSを乗せているケースも有ります。この端末の、このOSのときに起こるエッジケースのバグみたいなものをもぐら叩きしなければなりませんでした。本来磨くべき標準のUXとは別のエッジケースの(=多くの標準ユーザーにとっては関係ない)改善に大量の時間を取られていました。
こう考えると、AppleやTeslaのようなハードウェアを販売しながら、強みはソフトウェアにある会社が、製品ラインナップを絞るのは必然です。彼らは製品ラインナップを極端に絞ることで、標準的な品質・体験の改善にフォーカスします。またその裏側にはソフトウェアのアップデート性を高めて、ソフトウェアによって体験を向上させていくことが重要であるという思想が根底にある気がします。
その代償としての、売りづらさを、ブランド・マーケティングの巧みさによってカバーします。これが1の会社の考え方です。
余談ですが、日本が誇る偉大な会社ファーストリテーリングも「1の会社」の代表例だと思います。(最近日経から出版されたこの本は名著でした)
ヒートテックはいつ買ってもヒートテックです。このシーズンじゃないと流行りじゃないから買えない・買わないというものではありません。かつてはユニクロをきてるのはダサいみたいな風潮もありましたが、いまはそんな事もなくなりました。巧みなブランド投資により、「ユニクロ=時代に淘汰されない標準の服」 というブランドがしっかり確立されました。
逆にユニクロのライバルとされるZARAは典型的な「無限の会社」だと思います。
無限の会社
無限の会社の基本思想は、デジタルの領域には物理制約がないので、無限ともいえる製品(情報)群を、データとアルゴリズムを持って扱うという考え方です。
その典型例はGoogleとAmazonです。
GoogleやAmazonは文字通り、無限といえる情報・商品を扱うことで、ユーザーの体験をよくしています。
その根底にあるのはデータとアルゴリズムです。1の会社とは反対に、無限の会社は人の個性に寄り添います。1つの商品ではなく、あなたにあった情報・商品を無限の選択肢の中からアルゴリズムを使ってパーソナライズに提供します。
こういった考えも非常にソフトウェア的です。人では扱えない情報量、複雑な組み合わせをデータとアルゴリズムによって扱える。単一の情報、単一の製品では同様のものが他にあったとしてもそれが無限に集まり、その中で個人にあった、状況にあった、文脈に合ったある一つのものを提供する事自体が重要な体験であるという発想です。
無限の会社はインターネット(≠デジタル)的な思想を持った会社と言えると思います。
BtoBソフトウェアはどうなるのか
BtoB製品のディストリビューションの前提: 経済合理性と営業の介在
今まで例に上げたのはコンシューマ向けの会社でした。
BtoBの会社はどうなるのでしょう。BtoCとBtoBで決定的に違うのは、1つは意思決定の性質、もう一つは営業の介在にあると思います。
BtoBにおいては、意思決定は非常に経済合理的になりやすいです。多くの会社は株式会社の形態をとっており、会社が運営されるお金は株主のものです。ですので、あらゆる購買に対して説明責任が発生します。この構造上、ある程度経済合理的な説明ができない意思決定は通りようがありません。
私自身も、個人では最新モデルのiPhoneを使っています。もしこれが株主のお金で携帯を買うとなったら、同等の需要が満たせる、より安いAndroid携帯か廉価版のiPhoneを選ぶと思います。それくらい個人と法人の意思決定は違います。
また法人の意思決定の多くは、営業を介在します。会社の業務は、一定複雑であり、また製品のスイッチングも簡単ではありません。個人で使うメモアプリなら素早く試して、やっぱやめたができますが、会社全体で使う文書アプリは導入や周知にもコストが掛かりますし、一度運用に乗せたものを新しいものに変えるのは大変です。そのため導入の入口の段階で、深く検討することになります。となるとLPをみてワンクリックで買うという購買スタイルにはなりづらく、会社の業務に組み込むものは、その製品に熟練した営業を介在して検討することが一般的です。
PLG(プロダクト・レッド・グロース)の流れもありますが、BtoB製品のディストリビューション全体で見ると、PLGはあくまで最初の顧客接点をどうやって薄く取るかという話だと私は感じています。これからもBtoB製品のディストリビューションのメインは営業が担うものであり、SLG(セールス・レッド・グロース)がメインになると思います。その前提で1か無限の話を考えたいと思います。
1(ポイントオブソリューション)か無限(コンパウンド)か
近年、コンパウンドという戦略がバズワード化しています。その逆として1つの製品・1つの機能にフォーカスして磨く会社はポイントオブソリューションの会社と呼ばれます。
(おそらく日本のスタートアップではじめて「コンパウンド」を提唱し始めたのはLayerXだと思うのですが、コンパウンドに関しては記事を書いていますので以下を参照ください)
コンパウンドとポイントオブソリューションの会社は、プロダクト・ディストリビューション・組織の3つの観点で決定的に違うのですが、今回は「ディストリビューション」にフォーカスして話します。
結論、BtoB会社は1か無限でいくと、1の会社は成立しづらく、無限の会社がメインストリームになると思います。
従来、SaaS企業は「1の会社」であることが良しとされていました。製品ラインナップを絞ることで、開発のスピードが出ますし、マーケティングや営業も洗練させることが容易です。組織構造もシンプルに保てます。
製品ライナップを絞ることは、「供給者」の観点で行くと非常に合理的です。その結果がSaaS企業は「1の会社であれ」という神話につながっていったのだと思います。
現在は、SaaS企業も乱立し、ディストリビューションのノウハウもたまってくることで状況が変わってきたと思います。BtoBでは前述の通り、営業コストが非常に高いです。特に新規営業コストが特に高いです。
コンパウンドスタートアップの雄、Ripplingによると新規営業のCAC(顧客獲得コスト)と既存顧客への営業のCACは2.3倍近く差があると言われています。このCACの差は驚異的です。極端な話、エクスパンション製品に関しては価格を半分にしたとしても、ポイントオブソリューションの会社と同じ経済性を作れてしまうくらいの優位性があるということです。
購買側の観点でも、複数のポイントオブソリューションを導入するには、複数の会社と付き合わなければいけないこと。ソリューション毎に毎度毎度新しい会社の営業と会話し、その会社が信頼できるか?プロダクトは継続的に改善されるか?与信は大丈夫か?などを検討しないといけないのはコストが掛かります。ディストリビューションの観点だけで見ても、「営業の介在」を前提とすると、「1の会社」より「無限の会社」の方がユーザーにとっても選びやすく付き合いやすい会社になります。
コンパウンド戦略では、製品の統合性や、SSoTなどが優位性と語られがちですが、このディストリビューションの優位性も同じくらい重要です。
産業の成熟とともにコンパウンド化は必然
そもそもBtoB SaaSという狭い範囲ではなく、BtoB産業という観点で見ると、1の会社よりも無限の会社のほうが一般的です。
いわゆるIT商社的存在である大塚商会は無限の会社の典型だと思います。また製造から販売まで一気通貫で行うという意味においてはキーエンスやニデックも無限の会社の典型例だと思います。海外ではマイクロソフトやセールスフォースは典型的な無限の会社といえるでしょう。
営業を介在するというBtoBのディストリビューションの特性上、1の会社ではなく、無限の会社が優位になっていくことは必然と思います。
鍵はテクノロジーと営業の融合
では、BtoBソフトウェアの会社が無限の会社になるためには何が必要か。
それは「営業一人当たりの売れる商品数のスケール」です。そのための鍵はテクノロジーと営業の融合だと思います。
私の感覚ですが、業務知識が深く必要なBtoBソフトウェアで、1人の営業が戦力値1として売れる商品数は5-7が限界だと思います。
しかし無限の会社があつかうBtoBソフトウェア製品は間違いなく100の製品を超えてくると思います。
ここに大きなギャップがあります。
半年前にこんな記事を書いたのですが、このギャップを埋めるために考えていた構想です。
データとアルゴリズムを営業活動の軸に置くことで、営業一人当たりの売れる商品数のスケールさせる。これがBtoBソフトウェアの会社が無限の会社になるべくやるべきことです。
これができると、理論上プロダクトは無限に増やせます。
ソフトウェア企業がもつR&D組織はその性質上、新しいプロダクトや新しい機能に向けられます。多くのソフトウェア企業はR&D組織を内製化し固定費的に持つので、新しい製品を生み出しそれを売上に変える力があるということは、会社自体の生産性が非常に高くなることを意味します。
M&Aによる成長の加速もできるようになります。自社のR&D組織のもつケイパビリティを超えた製品群を獲得できます。売ることができるのであればその投資を正当化できます。
競争の前提が変わった
BtoBソフトウェア産業は、「無限の会社」がメインストリームになると思います。競争の前提はもう変わり始めていると思います。
コンパウンドで当たり前
M&Aができて当たり前
ARR(年間経常収益)1000億円超が当たり前
この3つが当たり前になるとLayerXでは考えています。遅くとも2030年頃までには、この3つの当たり前を実践できている会社"しか"メインストリームとして残らない。そんな競争の前提になっていると思います。
LayerXとしてはこの競争認識の上で、BtoBソフトウェアにおける無限の会社になることから逆算した、プロダクト開発、経営人材の獲得、ノウハウの獲得、投資計画を立てています。
Disclaimer
1か無限かという話は、あくまで業界内での相対的な話です。
AppleはiPhoneに関しては1の思想で作っていますが、iTunes, AppStoreにおいては明確に無限の戦略を取り入れてます。
AmazonはECにおいては無限の戦略ですが、もう一つの基幹事業であるクラウド(AWS)に関しては1の戦略を取っているように見えます。
とはいえAppleの場合は既存のメーカーに対して、明確に1の戦略で優位を確立しましたし、Amazonの場合は既存の小売に対して、無限の戦略で優位に立ちました。0か100かというよりは相対的なものとして捉えてもらえると幸いです。