ロシアのデフォルトは大事に至るのか?~「軍事大国≠経済大国」の現実~
ロシアのデフォルトは金融システムに影響するのか?
連日、ウクライナ危機関連の照会を受けますが、足許で増えているのが「ロシア国債のデフォルトが破綻の連鎖に至る心配は無いか」といった金融システムへの影響に関する論点です。2月28日、国際金融協会が一連の金融制裁によりロシア国債がデフォルトに陥る可能性が「極めて高い」とする見解を発表したことでその懸念は膨らんでいるようです:
外貨準備の過半が凍結されている以上、ロシアルーブル下落を止める手段は実質的に封じられており、対外(外貨建て)債務の返済可能性は絶望的でしょう。ここまでは西側陣営のシナリオ通りと言えます。そもそも「外貨準備を凍結」というのは西側陣営からすれば「ロシアから借りたお金(≒ロシアが国債購入をして振り込んでくれたお金)は返しません」という宣言なので、ロシアが海外から借りたお金も返ってくる道理はありません。
結論から言えば、ウクライナ危機に伴うロシアのデフォルトが世界的なシステミックリスクに発展する可能性は低いでしょう。ロシアは軍事大国ですが経済大国ではありません。数字を見て見ましょう。ロシアの名目GDP規模(約1.5兆ドル)に対する倍率で比較した場合、米国は14倍、中国は10倍、日本は3.4倍、ドイツは2.6倍、英国は1.8倍と大きな開きがあります:
広大な国土と豊富な資源、強固な軍事力のイメージを背景に経済大国のイメージも抱かれやすいですが、ロシアの経済規模はブラジル、カナダ、韓国、スペインと同等です。もちろん、小さな国ではありませんが、「大国」との形容が付きやすい同国のイメージに照らせば、見劣りするものと言わざるを得ません。いずれにせよ、この程度の経済規模ならばシステミックリスクに直結するクロスボーダー与信の規模も限定的なものが想像されます。
クリミア侵攻後、ロシア離れは進んできた
与信残高についても数字を見てみましょう。国際決済銀行(BIS)のデータによれば、2021年9月末時点でロシア向けの対外与信残高は世界全体で1047億ドル存在します。これは世界全体の対外与信残高の0.3%です。国別に見ても、最も大きい部類に入るフランスでもロシア向け与信残高は240億ドル程度であり、同国の対外与信残高全体の0.5%にとどまります。対外与信残高に占める割合が大きなオーストリアでも3.6%です。ロシアの対外債務がデフォルト必至だとしても、この程度の規模で国際金融システムが瓦解するような話にはなり得ないでしょう:
そもそも2014年のクリミア危機以降、西側陣営は貿易面のみならず、金融面でもロシアから距離を取るようになっていました。ロシアとの貿易関係が分かりやすいのでこちらも数字を見ましょう。ロシアの貿易総額に占める各国・地域の比率をクリミア危機直前の2013年と2020年で比較してみると、EUは48.3%から35.6%へ▲12.7%ポイントもダウンしています。このほかドイツが11.5%から8.7%ポイントへ▲2.8%ポイント(※もちろん、これはEUの内数である)、米国は4.4%から3.9%へ▲0.5%ポイント、日本が4.0%から3.0%へ▲1.0%ポイントと軒並みシェアを落としています。
一方、中国は10.3%から19.3%へ+9%ポイントもアップしています。そのほかベラルーシが4.6%から5.3%へ+0.7%ポイント、トルコが3.9%から4.0%へ+0.1%ポイント、インドが0.7%から1.5%へ+0.8%ポイントへ伸ばしており、西側陣営からシェアが移動していることが分かります:
ちなみに、今回制裁に絡んで話題となっているロシアの外貨準備も2017年以降で急激に非ドル化が進められてきた形跡があることは前回のnoteでも詳しく解説いたしました:
2017年9月と2021年6月で比較すると人民元は0.1%から13.1%へ急上昇しているのに対し、ドルは46.3%から16.4%へ急低下しています。どう考えても意図的にリバランスした結果でしょう。思い返せば2014年のクリミア危機当時もロシアに対するSWIFT遮断を求める声はありました。だから準備をしてきたということなのかもしれません。
結果論ですが、来るべき衝突を見越して西側陣営・ロシアの双方共にお互いから距離を取ってきたという構図に見えます。2014年のクリミア危機という事前の暴挙が、ウクライナ危機における経済・金融面でのショックを緩和する契機だったように見えます。
SWIFT遮断の「骨抜き」批判は誤り
なお、金融関連では3月2日、欧州委員会が追加制裁としてロシア大手7行に対してSWIFTを遮断すると発表したことも注目されています:
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB289100Y2A220C2000000/
この点、最大手行のズベルバンクとエネルギー調達にとって重要なガスプロムバンクは対象外としたことで「骨抜き」という批判が散見されます。しかし、現在起きていることを客観的に見る限り、これは正しくない批判です。
もちろん、最大手行などを対象外とする措置はロシアから欧州への天然ガス供給を温存するための西側陣営の保身的な措置という側面もあるでしょう。EUの使用する天然ガスの4割がロシア産であり、この売上高(つまり外貨)はロシアに流れることになります。ロシアの世界向け輸出の半分が鉱物性燃料(つまりエネルギー)ということを踏まえれば、ここを断たれればロシアは外貨を稼ぐ手段の大宗を失うことになります(SWIFTは送金を効率化する手段であって、外貨を稼ぐ手段そのものではありません。それはあくまで資源輸出です)。
同時に、鉱物性燃料輸出はロシア政府の主たる財源(4割弱)なので、最大手行も含めて制裁対象とすれば、ほぼ確実にロシアの国庫は払底するでしょう。そもそもSWIFT遮断の一報に対して、欧州に対する天然ガス供給停止というロシアにとっては「最強の(西側陣営にとっては最悪の)カード」を切れないのは、そこまでやってしまえば自身の外貨収入が断たれるからだと推測されます。このような事情を踏まえると、今回の欧州委員会決定を受けてロシアが安堵している可能性は高いと言えます。
しかしだからと言って、SWIFT遮断が無意味だというのは飛躍があります。周知の通り、SWIFT遮断は実施前からロシアルーブルの暴落を引き起こしており、もはや反転の目途は立ちません。本来はロシア中銀が外貨売り・ロシアルーブル買い介入で支えたいところでしょうが、その原資である外貨準備も半分近くが凍結されて使用できません。ロシア中銀は決済(為替介入)ルートが使えないから、政策金利を一夜にして倍にするといった痛みを伴う金利ルートで通貨防衛しようとしているのです。ロシアに物資を輸出する国は暴落するロシアルーブルで売上を受け取るはずがなく、ドルやユーロ、円などを要求するでしょう。しかし、それも塞がれています。つまり、現時点でロシア企業との貿易取引が禁じられているわけではありませんが、SWIFT遮断によってロシアルーブルが暴落したことで、多くの企業はロシアとの貿易取引を忌避したい状況に直面しているわけです。これがSWFIT遮断の現時点で発生している効果であり、「骨抜き」批判は全く正しくないと言えます。
「ロシア抜きの世界」が意味するもの
BISデータも示す通り、ロシアの金融システムが瓦解しても国際金融システムが揺らぐことは考えにくいと言えます。むしろ、ロシアの金融システムが国際金融システムから切り離されることで、ロシアルーブルが暴落し、これが楔となってロシアの実体経済が壊れていくというのがまさに起きようとしていることでしょう。
もちろん、これから到来する「ロシア抜きの世界」では西側陣営も痛みを被る必要があります。何より資源供給が今までよりは細るため、資源調達の多様化を模索する必要があります。多少コストはかかってもロシア回避を優先するので、物価は高止まりする公算が大きいと言えます。プーチン政権が存続する限り、この状況は続くのだとすれば、「ディスインフレの時代」から「インフレの時代」への過渡期に我々は立たされていると言えるかもしれません。そうした大局観をもって経済・金融情勢の見通し、ひいては為替を筆頭とする資産価格の見通しを作る必要がありそうです。