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クライアント企業への出向者派遣は、相手の内在論理を知り、一体感を醸成するための戦略的な手段である

前回に引き続き、筆者が西友でマーケティング責任者をしていたときの話です。

組織の常で「ヘッドカウントが非常にタイトで人が足りない」という茶呑み話を、当時のパートナー広告代理店の営業責任者としていたら、なんと「ウチから出向させましょうか?」という話になりました。

パートナー代理店からご出向いただけるとあれば、仕事の流れも理解してくれている人が来てくれる可能性も高く、外部採用や内部異動よりも良いのではないか、と感じた筆者は、社内調整をしてそのご提案をありがたくお受けすることにしました。

結局、それまで担当してくれていたアカウント担当の若手が着任してくれ、コミュニケーション設計のチームで仕事をしてくれることになりました。

すると、嬉しい誤算というか、想定外の良い化学反応が起き始めました。
パートナー代理店側に、小売にかかる知見がグッと蓄積されてきたのです。

その「知見」とはどんなことだったのか。

これを言語化するために、小売のことをあまり理解していないベンダー企業から提案されがちだった内容を2つほど紹介します。

1つは関連販売の強化です。関連販売というのは、例えば醤油を定番の位置だけではなくお刺身の横でも販売する、というような手法です。ニーズがあるところに商品を置けば買い上げ点数がアップする、という考え方ですね。

これは一見理にかなっているように見えますが、小売のオペレーションを理解していない考え方です。

小売で最も避けなければならないのは、売上機会損失や自動発注へのノイズになる品切れ。なので、小売オペレーションで最も大事なのは品出しです。

1つの商品が1箇所に陳列されている、という原則であれば、品出し作業はシンプルですが、これが2箇所以上になると

・どんな商品がどことどこに置かれているかを管理する
・それを週次などでアップデートする
・品出しするときは、その管理表に基づいて売り場チェックし、品出しをする

と、ぐっと複雑性を増します。商品数が膨らんでくると、複雑性の傾きはぐっと上がり、それはオペレーションコストや売り場コンディションにもろに跳ね返ります。

2つ目は、デジタルサイネージの店内無料設置&メーカーのTV CMコンテンツ放映による収益獲得です。サイネージ調達・コンテンツ運営などの面倒は一切ベンダー側で引き受けて、コンテンツ放映収益をシェア、というモデル。

一見三方一両得に見えるこのモデル、実現するためには、店内設置のために店舗運営部を、メーカーとの折衝のために(仕入れ部門である)商品部をそれぞれ巻き込まなければならず、一筋縄ではいきません。

特に、商品部との調整は難しいものがあります。というのも商品部の内在論理は、

・メーカーから引き出したい譲歩・条件は、一に原価低減、それが無理なら達成リベート、というメンタリティ
・それ以外のお金のもらい方をするとこれらを阻害する、という考え方
・他部の収益のために、小売の本道である「仕入れ」にノイズが入るなどナンセンス

というものであり、これには一理も二理もあります。

また店内で1つのタッチポイントにショッパーが払う注意は2秒程度であり、15秒単位で作られたTVCMをそのまま流す、という考え方は顧客の状態を踏まえない、机上の考え方である、という点も気になります。

ここらで話をパートナー代理店から出向者を派遣していただいた、というところに戻します。

パートナー企業に知見が貯まってきた、と書きましたが、そのように感じたのは、出向者受け入れ以降、先方からの提案の精度がぐっと高まってきたからです。

それはおそらく、出向者の方からのフィードバックにより、パートナー企業の中から上に記したような不理解が消え、小売一般や西友個別の考え方への理解が高まったからなのだろう、と思います。

また、この出向を契機に代理店とマーケティング部により一体感が醸成されました。

代理店の会議室を借りる形で週2回定例が設置され、西友のマーケティングに関連する主要事項は原則そこで提起・議論されるようになりました。最終的にその会議は、単発の施策を議論するのみならず、マーケティングサイクル全体をコントロールする場に成長していきました。

こうなると代理店の変更に相当なスイッチングコストがかかることになるので、代理店側から見たら失注の危険性がとても低い状況を構築できた、ということになり、営業的には理想的な状態だったのではないか、と想像します。

通常代理店とクライアントの間には、多かれ少なかれ「あいつら」と「俺たち」という感覚が相互にあるのではないか、と思いますが、そんなわけで当時のチームにはそれはなかったと思います。(代理店側の方の本音もぜひ伺ってみたいところです)

今回のCOMEMOのお題により、私が想起したのは以上の経験でした。

広告代理店に限らず、企業にとって、クライアントに社員を出向させることは、相手の内在論理を理解し、提案の精度を上げ、クライアントー自社間の一体感を醸成する、とても戦略的な手法なのではないかと思います。クライアントとのさらに一歩進んだ深い関係構築を模索される向きは、ぜひご検討なさると良いのではないか、と思います。

最後にもう一点。もしかしたら今回の題意は「個人として出向をどう受け止め・考えるべきか」という側面が強かったかもしれません。それに対しては私は以前転勤について論じた以下の記事と同様の考え方を持っています。

つまり、全ての出向には背景があり、十握一絡げにはできないかもしれませんが、現状維持バイアスから逃れられない人間にとって、出向は強制的に違う環境を得られる(=成長機会が得られる)良いチャンスなのではないか、という次第。

読者の皆さんは、どのようにお考えになりますか?

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