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「でこぼこ道」or「再燃の入口」~米インフレと円安のこれから~

「でこぼこ道」or「再燃の入口」
4月10日米国時間のドル/円相場は遂に90年6月以来、34年ぶりとなる153円台まで上昇しました。米3月消費者物価指数(CPI)が2月の前年比+3.2%から同+3.5%へ予想以上に加速したことを受けた動きですが、こうしたインフレ率を一過性の振れと見なすかどうかが今後の争点になりましょう。なお、今回は時間軸の短いお話になるので誰でもお読み頂ける記事にしておきます:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN10ESN0Q4A410C2000000/

元よりパウエルFRB議長はインフレ収束への道のりについて「a bumpy path(でこぼこ道)」と表現してきた経緯があります。上振れたと言ってもまだ1か月分であり、まだ「でこぼこ道」の範疇だと抗弁する余地はあるでしょう。しかし、今回のCPI押し上げにはガソリン価格と電気代が効いており、原油高の影響が可視化され始めた部分もあります。原油高が一過性ではないとすれば、CPIの強含みも一過性ではありません。

だからこそ、これを「でこぼこ道」の一環ではなく「インフレ再燃の入口」と見なす論調が今後勢いを得てくる可能性に構えたい局面です
 
サービス価格の加速はなぜ起きたのか?
今のところ、「インフレ再燃の入口」である可能性を完全否定する材料はありません。ですが、今回に限って言えば、「でこぼこ道」の一環と思わせる要素はあります。例えば、食料・エネルギー除くコアベースでは今月、同+3.8%と横ばいでしたが、その中身を見るとサービス価格が前月の同+5.0%から同+5.3%へ加速したことが目に付きました。ちなみにサービス価格の加速幅(+0.3%ポイント)は2022年12月以来、15か月ぶりの大きさです:

ではサービス価格をけん引していた項目は何かと言うと、家賃(同+5.7%)・医療サービス(同+2.1%)・輸送サービス(同+10.7%)が挙げられ、寄与度としては家賃が大きいのはいつも通りです(帰属家賃の寄与度は1.5%ポイント。※3.5%のCPI上昇率のうち4割以上は家賃ということです)。しかし、前月比の伸びで見ると、とりわけ輸送サービスの強さが際立ちます。これは自動車保険(同+22.2%)の強さを反映した動きです。寄与度でも自動車保険は0.564%ポイントと帰属家賃に次ぐ大きさでした

少なくとも自動車保険は「でこぼこ道」の一環
自動車保険の上昇が持続性を持つのでしょうか。そうではないでしょう。車両価格の変動や自然災害の発生等を踏まえた上で、ラグを持ちながら自動車保険料は上がるはずだからです。自動車に限らず、保険料とはそういうものでしょう。パンデミックの最中で自動車生産が停滞し、代替需要で中古車価格が上昇したことの影響などが今になって顕現化し始めていると理解するのがフェアではないでしょうか。こうした状況を評価するならば、現時点で、パウエル議長が今回のCPIを「でこぼこ道」の一環と評価する可能性はまだ高いのではないかと感じます。
 
原油高はこのままいけば年間+10兆円相当の輸入上振れ
ドル/円相場への影響に関して言えば、原油価格上昇がインフレを押し上げ、FRBの利下げを遅延させるという金利の観点は元より、日本の輸入金額を押し上げ、貿易収支赤字を拡大させるという需給の観点から円安圧力が強まる展開を警戒したいところです。4月11日時点で原油価格は1バレル=約86ドルで昨年4月(約78ドル)と比べると約+10%ほど高くなっています。これは確実に円の需給環境を悪化させるはずです:


例えば過去10年の関係に基づき1%の原油高は鉱物性燃料を約+5%程度押し上げると仮定してましょう:

日本の輸入金額の約4分の1が鉱物性燃料であるため、1%の原油高で輸入金額は約+1.3%、10%ならば約+13%増加することになります。1年前(2023年4月)の輸入金額は約8.7兆円、この約13%は約+1.1兆円になります。単月で1兆円の上振れが1年続けば10兆円以上の輸入金額上振れになります

こうした議論はかなりラフなイメージですが、円安にもかかわらず輸出数量を顕著に伸ばせない日本にとって、原油価格上昇は著しい収支悪化を促すでしょう。過去最大となった2022年の貿易収支赤字を思い返せば多くの説明を要しないと思います。
 
2022年の再来か?
筆者は2024年のドル/円相場見通しに関し、金利・需給の2大要因のうち、前者に関してはようやく円安圧力が収束する年になると考えてきました。その上で、需給要因、より具体的には「国際収支の変容を踏まえれば円高は限定的」と強調して参りました。この点は過去のnoteでも執拗に議論してきた点です。世間で耳目を引くデジタル赤字も今や日本のそれは国際的に見て非常に大きく、円安相場に寄与していいる疑いがあると思います。この点は下記で議論させて頂きました:

2024年が金利面から見て円安収束に至りやすい、という想定に関しては昨年12月や今年1月のFOMCを額面通り受け止めるならば、当然の想定だと思います。そのこと自体に大きな過ちがあったとは今でも思っていません。利下げがあればある程度、ドル/円相場にも押し目はあるでしょう(裏を返せばそれしかないとも言えますが)。

しかし、原油価格がこのまま騰勢を強めるのだとすれば、話は変わってきます。原油価格主導で再び金利・需給両面から円安圧力に見舞われる2022年のような展開を想定すべきかどうか。現在はその瀬戸際に立たされていると思います年初段階では、原油価格の加速を念頭に置いた上での「貿易収支赤字の再拡大」や「FRBが利下げできない状況」といった類の論点はアップサイドリスクとして想定するものでした。当面はこのアップサイドリスクがメインシナリオにどれだけ寄ってくるのかを検討しながら、相場をウォッチすることになります。中東情勢の緊迫化やこれに伴う原油価格の高止まり、結果としてのインフレ圧力増大というシナリオに突入していくのだとすると、ドル/円相場の高値はまだ先がある予想せざるを得ないでしょう。なお、そういった可能性があり得ることは下記動画で昨年からお話しています:

結局は需給
しばらくは米国のインフレ率高止まりを警戒しつつ、米金利の高止まりを理由に円安が説明される時間帯に入りそうです。しかし、米国の金利が上がろうと、下がろうと、日本の貿易収支赤字やキャシュフロー(CF)ベースで見た経常収支赤字が消えるわけではないでしょう。この2年間、ずっとこの点を説明して参りました。

今の円相場は構造変化を経験している最中にあり、これを読み解くためには今日や明日の経済指標だけを追いかけるのではない分析姿勢が必要になっていると思います。この辺りは下記の中で既に色々議論を始めている通りです(掲示板などを通じて皆様の意見を聞くことが非常に勉強になっております)。面白い論点があれば、逐次アップデートして参りたいと思います:


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