江頭 春可 / ナラティブベース代表
働き方の「公正性」について考える #ワーママのカーブカット効果 (番外編)
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症やコロナワクチンについては、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

働き方の「公正性」について考える #ワーママのカーブカット効果 (番外編)

江頭 春可 / ナラティブベース代表

こんにちは、ナラティブベースのハルです。前編・後編と2本にわたって書いた『ワーママのカーブカット効果(※)についつい熱が入ってしまい、駄文を連ねた上に番外編も投稿することをお許しください(汗)。なぜ日本でワーママの働き方の負の解消がこれだけ時間がかかったのか(まだあるけど)…なぜリモートワークがマイノリティ施策に成り下がり続けてしまったのか…その構造と解決の糸口となる働き方の「公正性」について掘り下げてみたいと思います。

(※)カーブカット効果=マイノリティにむけた施策が社会全体のメリットに波及するような効果を生むこと。詳細はぜひ以下の記事をご覧ください。

働き方改革には深くて暗い溝がある

『ワーママのカーブカット効果』では、リモートワークを中心とした新しい働き方=ワーママの負の解消となるマイノリティ施策が、社会全体に波及するステップを4つに分けてみていきましたが、前編のⅰ.ゲリラ期→ⅱ.共感期と、後編のⅲ.展開期→ⅳ.レバレッジ期の間には、価値観の転換を必要とする深くて暗い溝(キャズム)があったことにも触れました。この記事では、その「働き方改革のキャズム」がどうしてコロナ禍に至るまで乗り越えられなかったのか、という点について考えていきます。

<カーブカット効果の波及4ステップ>
ⅰ.ゲリラ期(マイノリティ施策が局所的にはじまる)
ⅱ.共感期(施策のメリットを理解するコミュニティが生まれる)
--- 働き方改革のキャズム (価値観の転換を必要とする大きな溝)---
↑番外編はココ↑
ⅲ.展開期(マジョリティのメリットに展開される)
ⅳ.レバレッジ期(メリットが社会全体に広がり最大化する)

筆者ハルによる勝手な構造化

なかなか「展開期」が来なかった理由

リモートワークを中心とした新しい働き方がキャズム越えができない理由には、なかなか触れづらい水面下の理由が2つあったと考えています。
一つは日本における根深い男女の役割意識の問題。
もう一つは働き方におけるマジョリティの既得権が繰り返させる根強いパターン行動。
そして、これらの解消のために実際に取られる水面上の行動がもっともらしい平等施策である点が改革をよりのらりくらり…失礼!ゆっくりにしていたと思います。氷山モデルで書くとこんな感じ↓

筆者ハルによる勝手な構造化(氷山モデルを書いてみた)

ひとつひとつみていきましょう。

根深い男女の役割意識

わかりやすい例として、以下の女性活躍推進法による企業の「女性登用に関する行動計画」の目標未達に関する記事の一部を抜粋したいと思います。

女性管理職が増えない原因として挙げられた以下の理由からは、いまだに企業の人材配置や育成が男女の役割意識の影響を色濃く受けている様子が伺えます。こういった感覚や意識は、根強いカルチャーの問題であって、組織体制や制度、目標をいくら変えても変わらないのは当然でしょう。

女性活躍行動計画「目標未達」の理由(日経新聞記事より)

ワーママのカーブカット効果(前編)』でも触れた通り、「家庭よりも仕事を優先することが評価される」=仕事ファーストなカルチャーは、日本経済成長期において、ほとんどの家庭がこのカルチャーに適応したことよって社会に強力に根付いていきました。それゆえ、多くの日本企業はこのカルチャーが成長戦略と切っても切り離せない密接な関係になりました。
当然、新しく不安定な成長戦略の模索よりも、今までの安定した成長戦略を選んでやり過ごした方が楽ですし、実際昔培った成長モデルが力強く、ここまでやり過ごせてしまったというのが本当のところかもしれません。

繰り返される個人・家庭の戦略パターン

こういったカルチャーの下では、当然、家事・育児の優先順位を下げ誰かに任せた方が、職場では評価されやすく生き残り戦略として有効です。そのためその戦略を取る人が当然マジョリティになり続けるわけです。

とくにコロナ禍以前の出勤があたりまえだった時代は、仕事=もれなく外出=家事・育児の優先順位引き下げ御免!という法則が適用されるため、自分はどうしたいのか?とかこの企業カルチャーはこのままいいのか?とかややこしいことをいちいち深く考えなくても、優先順位引き下げ御免の既得権を行使し仕事に没頭できました。(たとえそれが飲み会であっても!)小声で言いますが、わたしはこの「葛藤なきマジョリティの既得権」が誰も触れなかった一番の不都合な真実なのではないか…そんな気がして…なりません。

一方、家庭(夫婦)の生存戦略としても、夫婦両方が「仕事ファースト」宣言を取り下げてマイノリティになってしまうと、とたんに世帯収入は不安定になり先の見えない状態になります。どちらかが「仕事ファースト」を貫き、どちらかが諦めマミートラックに乗ったり、専業主婦を選んだ方が家庭の運営が安定するし将来の不安も少なくなるわけですから、どちらかマジョリティに乗ろうという戦略はこれまた当然の選択です。

もっともらしい平等施策

これら2つに問題が企業の成長戦略と大変密接で、ある意味「変わられては困る」意識やパターンであったがために、実際に水面上でとられる行動(対策)は、水面下となんらリンクしないもっともらしい平等施策となってしまったのではないでしょうか。テコ入れに動き出したのが女性活躍推進法のはずなのに…、「女性に男性と等しく機会を与えればいい」という平等の発想では、結局のところ推進できない言い訳が水面下からボコボコ出てくるというループ状態なわけです。
氷山モデルの水面下を特定の人に起きている現象としてみていて、その人の意識改革を!育成を!と言っていても変わらない。なぜなら社会全体のシステムであり、繰り返す因果関係のパターンをもっているのだから。

「平等」の罠についてはスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューの論文が「公正性」という観点で解説しています。カーブカット効果の波及の原動力のポイントは「公正性(equity)」にあり、「平等(equality)」と混同すべきでないと述べています。

平等とは、バスに乗る権利をすべての人に与えることだ。一方、公平性は、路肩へのカーブカット・スロープやバスへの昇降機を設置することで、車椅子利用者がバス停にたどり着いてバスに乗り込めるようにすることだ。そして、必要とされている場所にバス路線を走らせることで、人々が行きたい場所に行くことができるようにすることだ。つまり、公正性の意味とは、正しくかつ公平な包摂(インクルージョン)を社会全体で実現するよう推進し、誰もが参画し成功するとともに自身の可能性を存分発揮できるような環境を整えることなのだ。

『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。――スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10』

この観点から言うならば、実は、女性活躍推進に必要な施策は「女性が管理職につけること」でも、「保育園にもれなく子どもが預けられること」でもないわけです。「いつでも、どこでも、誰でも、自分で働き方を選べる」という公正性はどうやったら実現するのか?ということです。

「働ける可能性」を閉じていたフタを開ける

「女性活躍」という言葉にどうしようも無い違和感を覚えるのはわたしだけではないと思うのですが、このもっともらしく聞こえる苦しんでいる人を特定して助けよう(平等にしよう)という発想こそ「終わらないマイノリティ扱い」を生んでいる原因ではないかと思うのです。

女性は活躍したいのでしょうか?
なんだかバカにした話だなと思うのです。
女性も男性もなく、自分の可能性にフタをされることは苦しいことです。
少しでも、もっと、よりよく、周りの人の役に立ちたい、貢献を実感したい。こんなふうに働きたいという「働ける可能性」を閉じていたフタを開け、働き方の公正性を実現するために何が必要なのかという発想こそ、働き方改革を推進し、様々な施策のメリットを波及させる条件なのではないでしょうか。


「いつでも、どこでも、誰でも、自分で働き方を選べる」という公正性は、わたしがワーママになったときから、もっとも必要性を感じ取り組んできたことです。男性中心のカルチャーに合わせて活躍したいわけではない…もっと自分らしく働きたいだけなのに…そんな気持ちと重なる「公正性」の概念とカーブカット効果という発想を解説しているスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビューの論文についつい熱くなり、番外編まで書いてしましました!あくまで特定の企業のカルチャーや方針、個人や家庭の価値観を否定するものではなく、社会のシステムとしての課題を考察したオピニオンとしてお読みいただけばと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
江頭 春可 / ナラティブベース代表
リモート × プロジェクトベースの働き方 ナラティブベース代表。離れていても強くつながるオンラインチームビルディングのための業務改善や組織文化づくりをお手伝い。19歳娘、13歳息子の母。対立から融合へ…もうワークとライフの境目はまったく見えなくなりました〜。