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統計から見る「副業」の多様性と可能性

昨今、さまざまな目的から副業を解禁する企業が増えてきている。

時代を遡れば、明治・大正期に日本政府が副業の奨励政策を出していたように、「副業」自体は目新しい働き方ではないが、ここでのポイントは、会社員(特に正社員)の副業が解禁され始めた、という部分である。

今回は、日本の副業の実態について体系的に研究した川上淳之氏の著書、『「副業」の研究』を参考にしながら、数値的な事実を基に、副業の多様性と今後の可能性について考察してみたいと思う。

副業とは何か

「副業」とは、本業以外にも仕事を持つことである。

最近では、どちらも本業というマルチワーカーもいるため、「複業」という言葉が使われることもあるが、どちらにせよ、2つ以上の仕事を掛け持ちしているような状況を指している。

総務省の「就業構造基本調査」の公表値を見ると、2017年時点*で副業をしながら働いている人数は267万8400人とされており、これは、ふだん仕事を持つ有業者(6621.3万人)の4.05%である。

*次の調査年は2022年(数値の詳細な公表は2023年)であるため、現時点(2021年)での正確な数値は分からない

こうして見ると、かなり少ないようにも感じるが、副業を持ちたいが持つことができていない人の数(副業へのニーズ)は424万4000人とされており、副業を実際に持つ人の約1.7倍となっている。

さらに本調査実施後に、働き方改革の中で副業を促進する動きや、新型コロナ禍に伴うテレワーク推進の動きがあったことを考えると、現在では、さらに副業をする人達が増えていることが想像される。

どんな人が副業しているのか

そもそも、2017年時点で、実際に副業をしながら働いている267万人というのは、一体どのような人たちなのだろうか。

自分の周囲に目を向けてみると、ふだん一緒に働くサイボウズ社員には副業をしている人が沢山いる。

直属の上長もNPOで副業をしているし、チームメンバーには副業でカレー屋を始めた人もいる。社内まで範囲を広げれば、サイボウズ勤続15年以上の営業部長が週3勤務に変更し、残りの2日間を副業に充てた、というようなケースも存在する。

参考記事:「シニア副業」を間近で見る若手社員の胸中

しかし、ぼくの周りに存在する副業は、果たして、どのくらい一般的なものなのだろうか。ここで再び、「就業構造基本調査」を参考にしながら、副業をする人たちの実態を見ていきたい。

本業のタイプ別で副業している人の構成比(日本の副業保有者267.8万人を分母とした人数の比率)に注目すると、最も割合が大きいのはパート・アルバイトで28.0%(75.1万人)となっている。それから、正規の職員・従業員が18.3%(49.1万人)、農林漁家が16.6%(44.5万人)と続く。

これはあくまで単純な人数比較であるため、有業者全体(6621.3万人)の中で、そもそもの母数が多いパート・アルバイト(1376.5万人)、正規の職員・従業員(3139.6万人)が上位にくるのは当然といえば当然である。

そのため、今度は本業のタイプ別での副業率*を見てみたい。
*パート・アルバイトの副業率であれば、パート・アルバイト全体のうち、どのくらいの割合の人が副業しているか、という数値

まず副業率が最も高い仕事のタイプは、農林漁業である(17.8%)。

次に非農林部門を見てみると、自営業主(6.2%)と役員(8.6%)の副業率が高い。これについて川上氏は、自営業主は労働者と比較して時間をフレキシブルに活用できる背景があることや、事業の多角化などで異なる会社の経営を進められる点などが副業率を高めていると分析している。

加えて、企業に雇われていない舞台役者やロックミュージシャン、落語家なども「雇用の無い自営業主」としてカウントされるため、そうした人達が生計を得るために副業を持つケースもここに入っているという。

非農林部門で次に副業率が高いのは、パート・アルバイトの5.5%である。

パート・アルバイトの人は、いわゆる正社員と比較すると、短時間就労であることが多く、また得られる収入も低くなる傾向にあることから、余暇の時間を利用して副業を持つ、バイトのかけもちをしていると考えられる(学生や専業主婦など)。またアート活動の収入がバイトの収入を下回るアーティストのような職業もここにカテゴライズされる。

ここまで見てきたように、副業をする背景の多くには、本業の労働時間が少なかったり、本業だけでは十分な収入が得られないといった事情がある。

では、本業の労働時間が長く、収入が高い人達は副業をしていないのか、と言われると、全くそんなことはない。本業の労働時間の長さと収入の高さについて副業率との相関を見ると、そこには二極化の構図が浮かび上がる。

具体的には、副業率が高い方から順に「年収900万円以上/週の就労35時間未満(11.2%)」「年収900万円以上/週の就労75時間以上(8.8%)」「年収199万円未満/週の就労75時間以上(7.1%)」となっている。つまり、裏を返せば、年収も労働時間もそこそこ、という人たちが実は最も副業率が低い。

長時間労働と副業の関係性について、川上氏の分析によれば、1つには副業を保有する人がワーカホリックである、という考え方があるという。そしてもう1つには、労働時間が長く収入の高い仕事の一部が、そもそも副業が持たれやすい職業であるということを指摘している。

本業の職業をさらに細かくタイプ別に分析してみると、本業が高収入で副業率が高いのは「企業の経営層」「医師」「大学教員」などである。これらは専門的な技能を活かし、かつ副業を持つ慣習のある職業である(特に企業経営者は社外取締役の増加も背景にあると考えられる)。

こうして見てみると、「副業」と一口に言っても、それをする人達は、実に多様であるということが分かる。

無期雇用社員(正社員)の副業も多様に

ここまで副業をする人達の多様性について見てきたが、未だに、ぼくの周りで副業をしている人たち(サイボウズ社員)がカテゴライズされているはずのタイプが出てきていない。

そう、無期雇用社員(正社員)である。

「正社員」は有業者全体(6621.3万人)から見れば、かなりの母数がいるにも関わらず、その副業率は最も低く(1.6%)、実際、パート・アルバイト(1376.5万人)の中で副業している人数(75.1万人)よりも、正社員(3139.6万人)の中で副業している人数の方が少ない(49.1万人)。

なぜ、こんなにも「正社員」の副業は少ないのか。

大きな理由として考えられるのは、正社員に対してのみ適用される副業禁止規定である。特に、会社の一員として職務を限定せずメンバーシップ的な雇用契約を結ぶ日本企業の正社員の場合、他社で働くことが「忠誠心の欠如」とみなされる傾向も強い。

実際、副業に関するインターネット調査を実施している労働政策研究・研修機構(2009)が回答者に副業を禁止されているか質問した際、本業の勤務先で副業が禁止されている割合は、正社員では23.8%(「わからない」が26.2%)、パート・アルバイトは2.7%(「わからない」が20.2%)という結果になっている。

また副業が禁止されていなかったとしても、一般的に正社員の方が労働時間が長く、収入や雇用も安定する傾向にあるため、収入を理由とした副業は少なくなる。

しかし、2017年以降に進められた「働き方改革」では、「柔軟な働き方がしやすい環境整備」として、テレワークの推進とともに「副業・兼業の推進に向けたガイドラインの策定」が含まれ、正社員についても、多くの企業で認められていなかった副業の保有を認めるよう政府が促す方針が示された。

実際その後、副業に関するモデル就業規則の改訂などが行われ、最近、続々と副業を解禁する企業が出始めているのは周知のとおりである。

ぼくが働いているサイボウズでは、2012年から副業を完全に解禁しており、無期雇用社員(正社員)で副業をしている人も少なくない。

サイボウズでは、①会社の資産を利用する場合 と ②他社に雇用される場合 以外の副業はそもそも会社に申請すらしなくていい(もちろん申請してもいい)というルールにしているため、実際にどれくらいの人が副業をしているのかというデータは社内にはないが、外部機関の調査に回答した際は、社員の30%程度が副業をしている、という結果が出ていた。

会社が認識している副業件数(副業申請アプリに現在登録されている副業の件数)を見ても現時点で308件となっているため、そこまで違和感のない数字である。改めて「正社員」の副業率が1.6%であることを考えると、サイボウズでは無期雇用社員(正社員)の副業率もそれなりに高いことが分かる。

サイボウズの無期雇用社員(正社員)で比較的副業をする人が多い理由としては、(もちろん業種の特性もあると思うが)働く時間や場所を選択することができ、労働条件を個別に合意できることが大きいと思われる。

残業時間を短い時間で合意したり、あるいは、そもそもの所定労働時間を短くしたり、はたまた、週の勤務日数を短くしたり、ということができるため、一口に「正社員(無期雇用社員)」と言っても、常に週5日8時間+残業というフルコミットで働かなければならない、いわゆる一般的な「正社員」とは違った柔軟性がある。

先述したとおり、本業の労働時間が短く、またフレキシビリティがあれば、副業率は高まっていく傾向があるため、サイボウズの現状を見るに、今後、さまざまな企業で多様な正社員の形が模索されていくと自然に副業をする社員は増えていくことが予想される。

「副業禁止」で可能性を潰さぬように

無期雇用社員(正社員)の働き方を多様にしていくことによって、副業のしやすさが高まっていくことは分かったが、そもそも、会社にとって正社員(無期雇用社員)の副業を認めていくことには、どんなメリットがあるのだろうか。

まず1つ考えられるのは、社員の「育成」という観点である。

そもそも、2017年の「働き方改革」で、なぜ副業が促進されたかといえば、この「育成」という観点が大きく関わっている。「働き方改革実行計画」では、副業を促進する理由について、以下のように説明されている。

副業や兼業は、新たな技術の開発、オープン・イノベーションや起業の手段、そして第2の人生の準備として有効である。

この記述の背景には、副業を持つことを通じて得られる経験や人的ネットワークの形成が、自分自身が取り組んでいる事業のアイディアやビジネスの機会をもたらすという考えがある。

川上氏の著書の中でも、先行研究で副業が本業のパフォーマンスに好影響を与えることは示唆されているとしている(ただし、現時点では職種や状況が限定された中での結果ということには留意したい)。

実際、サイボウズで働いていて、副業をしているメンバーが副業先での人脈を自業務に活かしたり、副業先で得た知見も踏まえて(もちろん守秘義務の範囲内で)アイディアを出すところはたびたび見かける(ただし、それがイノベーションに繋がっているか、と言われると分からないというのが正直なところである)。

「社員側の声」という意味では、つい最近、サイボウズで複業をしているメンバー42名にインタビューを実施した結果、複業の目的について、割合の高い順から、「スキルアップやキャリアの幅を広げる:29%」「趣味と実益を兼ねて:14%」「仕事に対する目的意識や共感:14%」「収入を得ること:12%」という回答が得られており、社員側からしても「スキルアップしたい」と思って複業を始める人は比較的多いことが分かる。

参考記事:複業をはじめて4年半。「どうやってはじめればいいんですか?」──実践者40人に意見を聞いた

2つ目に考えられるのは「雇用(労働力の確保)」という観点である。

たとえば、高給の人をフルタイムで雇うことができない場合に勤務日数を減らして副業という形で来てもらったり、働き方に制約があるが中長期的に短い時間でもコミットしてほしい、という人を採用する時にも副業は有効な手段になるだろう。

参考記事:青野さん、「副業禁止は経営リスク」って本当ですか?

そして3つ目は、社員本人の「モチベーション」である。

川上氏の著書でも、副業と働く人の幸福度に関しては相関関係があるという研究結果が紹介されている。具体的には「副業を希望するが保有できない」という状況は、人々の幸福度を低下させ、実際に副業を持つことで解消される、ということが示されている。

サイボウズ社内でも、「本業にはできないがやりたい」という仕事を副業としてやることで、日々の社会人生活がより充実した、というケースはよく耳にする。自分らしく生きられているという実感は、きっと本業の貢献にもプラスの影響をもたらすことの方が多いだろう。

今後、副業に対し、会社にとっても、個人にとってもメリットがあるという認識が広がり、加えて、働き方の柔軟化・多様化が進んでいけば、正社員で副業を始める人も増えていくのではないだろうか。

一方で、副業については、まだまだ課題も残されている。

企業からすれば労務管理上のリスクも考慮に入れていかなければならないし、そもそも副業しなければ生活していけないような(副業しか選択肢がないような)ワーキングプアの待遇については改善していくことが望ましい。

参考記事:サイボウズ労務担当者から見た複業をはばむ「3つの壁」

また「副業はした方がいい」という安直な考えが広まっていくことも避けたい。複数の仕事を持つことは相応の負荷がかかるし、そうした働き方がマッチするかどうかは人による。本業で十分満足しているのに、無理に副業に手を出して体調を崩すようなことがあっては本末転倒である。

それでもやはり、「副業」という選択肢が、今まで閉じられていた人たちにも拡大していくことは、働く人達にとっても、そして社会にとっても有益なことだとぼくは思う。

結局のところ、企業の人事労務担当者としてできることは、副業をしながら働く人達が健康に、そしてチームワークよく働けるよう仕組みの面でサポートしていくことくらいだ。これからも、統計には現れてくることのない、社員の生の声に向き合いながら、1つずつしくみをアップデートしたい。

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