女子ゴルフ放映権にみる「アスリートファースト」の現在地(とジャニーズ問題)
7月、水泳世界選手権での日本チーム不振のあと、「アスリートファーストでなくなった」と20代の主力選手が言っていた。ここ、40代以上くらいの年齢層など違和感を感じた人はまあまあいるのでは。
ジェネレーション・ギャップとはそういうもので、時代のアタリマエは変化してゆく。
この「アスリートファースト」という概念は、理念と現実、2つの視点がある。現実側の変化は大きく、そのわかりやすい事例が「女子ゴルフ放映権」の問題で、日経が特集していておもしろかった。以下、少し整理してみよう。
2023夏の水泳と陸上
水泳世界選手権の後、28歳の五十嵐選手の言葉:
日本代表歴が10年くらいあるベテランの言葉だ。
一方で8月、陸上の世界選手権では日本チームが地味にすごかった。かつて全く勝負にならなかった短距離で何人も決勝に出てくる。(ちなみに僕が一番好きなのは北口榛花さんの試合中に楽しそうなところと、肌つや良く健康的なところ)
この差はなにか?
陸上の成長は、9年前から「ダイヤモンドアスリート」制度で、10代後半のトップ選手を集中的に強化、海外転戦も積極的にしている。北口さんはその一期生。
水泳は、世界選手権や五輪出場の基準を厳しくしていて、方向が逆のような印象も受けた。その厳しさは導入初期、短期的には成功したが、中長期では育成機会という点でどうだったろうか? (具体的な派遣人数などの比較はしていないので、ご存知の方いれば教えてくださいー)
つまり水泳は、単なるコミュニケーション不足だけではなく、奥にいろいろ阻害要因がありそうな気がする。そこを考えるためにも、まずはコミュニケーションから。これを機会に改善できるのなら良いことだ。
理念としての「アスリートファースト」
目を引いたのは、「アスリートファースト」という言葉を、選手側が、当然のものとして、語っていること。
日本で「アスリートファースト」とは、2016年7月の東京都知事選で「都民ファースト」を掲げて初当選した小池都知事が、政治的キャッチフレーズとして使ったのが起源だろう。その年のユーキャン新語・流行語大賞にもノミネートされた。
キャッチフレーズ=抽象的理念=それ自体は何も言っていないに等しい。
だから「アスリートファースト」という言葉が使われたら、最初に定義を明確化すべき。「あなたの考えるアスリートファーストとは、具体的には何ですか?」という問いだ。
ただ同時に、アスリート指導現場でも、アスリート側の主体性を重視したアスリートファースト的な指導法は当時も普及は始まっていたと思う。体罰禁止の流れとは、イコール、こちら側になるから。
昔の感覚でいえば、アスリート側から言い出す言葉でもない、とも思う。たぶん水連の幹部レベルや指導者は40−50代くらいで、その感覚が染み付いている。
発言した五十嵐選手は28歳、この世代の感覚として「当然のもの」と認識しているとすれば、それはお互いズレるわけだ。
「なくなってしまった」という過去完了の言い方もしているし、かつて実現していたものが、悪い方に変質していった状況もあるのかもしれない。五十嵐選手も10年以上世界レベルで戦ってきたベテラン。彼女なりの理想があるわけで、関係者としっかり議論していただければ良いと思う。
現実としての「アスリートファースト」
一方で現実として、アスリートが第一優先順位な存在となっている。わかりやすい事例が、8月の日経新聞のシリーズ特集であった。
女子ゴルフ協会がテレビ放映権を、これまでの個々の大会主催者から女子ゴルフ協会側に移行しにきている、という話だ。
女子ゴルフで大会主催者とは、地元のテレビ局である場合が多いらしい。テレビのコンテンツを育成するために、大会を立ち上げてきた歴史があるようだ。テレビ局とは創業者のような存在なわけだ。しかも地方のテレビ局は地元財界の有力者が出資し、地方経済の権力の中心のような存在である。
こうして育ててきたTV放映権を、アスリート(=をまとめる選手側の協会)側へ渡しなさい、というのが、この方針。それは反発するわけだが、しかし、権力がアスリート側にあるのであれば、のまざるを得ない。(株式のような法的権利があるわけでもないのだろうし)
一般化していえば、スポーツビジネスにおける権力が、かつてのテレビ局(を中心とした地元有力者)から、アスリートへとシフトしている、ということ。
交渉は、「だったら、やらない」と言えるほうが勝つ。従来そのパワーは放送局側にあった。テレビ放送が、スポーツで稼ぐ事実上の唯一の方法だったからだ。
今、アスリートは、必ずしも「日本のテレビ」に頼らない。海外でも競技でるし、国内でもネットがある。まあ現実としてテレビは重要だが、ファンがアスリート側にダイレクトにつくようになれば、力関係は変わる。
代替不可能な存在であり、交渉の最大の武器を握っているのならば、ファーストに扱う以外の選択肢がない。これが「現実としてのアスリートファースト」。
交渉力
以前書いた、「アスリート投資家」という新たな存在、はその最も鮮明な事例。
これが箱根駅伝になると、他の大学スポーツの人気はそこまで高くないので、日本の大学側は強気な交渉ができない。アメリカのNCAAとの大きな違いだ。結果、アメリカなら数百億円規模になるものが、推定で10億円くらいでしか売れなくなる。
この「代替不可能さ」を獲得するために、女子ゴルフは、一般個人ファンの「推し活」を育て、
海外でも活躍できる選手を育て、
大口スポンサー企業にとってのメリットも追求してきた。
こうした経営努力の積み重ねにより、男子を上回る人気を獲得。これはプロスポーツの世界ですごいことだ。
男子より人気とは、ゴルフ市場のナンバーワン、ということで、交渉力も上がる。その結果として、テレビ放映権という一番美味しいところをコントロールする力を持つに至った。
追記;2023年の賞金総額は44.9億円予定、過去最高を更新中。(プラス海外で稼ぐ選手もいるよね)
ちなみにトライアスロンは世界全体、男女合計で、1500万ドル=22億円。すごい差だ。。
といって、僕はゴルフは見ない、やらない部外者なので、理解不足のところもありそうだ(指摘ください)。アスリートファーストの実現方法、という点で、好例だと思った。
(ジャニーズ問題との共通点)
かこつけて(カッコつけて)書いておくと、
ジャニーズ喜多川氏による大規模な対未成年性犯罪(=世界的にかなりな重罪)が長年成立してきたのも、テレビ放映がそれだけ力があった、ということだろう。
今、解決に向かおうとしているのは、本人の死、世界的な流れ、といろいろ事情はあるが、テレビにパワーが集中していた時代状況の変化、というのもあるだろう。
ハリウッドのワインスタイン氏の事件も、Netflixのようなネット放送とネット世論、という対抗勢力の存在が大きい。
1つのものに依存しない、という共通点。
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写真は世田谷、大蔵運動公園のゴルフ練習場。
僕がいつも筋トレする公園の遊具上から眺めてる風景。