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氷河期世代の貧困私怨と「無敵の人」のストーリー~安倍元総理銃殺山上容疑者の真の動機は何か〜

違う、それだけじゃない

前回の記事で安倍元総理銃殺の動機としては、当初語られた「ストーリー1: 政治的背景」ではなく、「ストーリー2: 宗教2世による復讐」として母親の入信後の家庭崩壊の境遇から旧・統一教会への復讐を目指したという2つの動機のストーリーを紹介した。

但し、宗教団体への復讐だけで、選挙演説中の元総理を銃殺するという大それた犯行に及んだ動機としては完全には納得できない。

ストーリー3  貧困私怨による拡大自殺

私は、山上容疑者の動機は氷河期世代の中で孤独と貧困に喘ぐ者たちが私怨を募らせていった凶悪犯罪の一つだと認識している。

ちょうど先日7/26には、2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚の死刑が執行された。

また同日、当時26歳の植松聖によって神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件から26日で、2016年発生後6年となり、追悼式が行われた。

2018年には、当時22才の小島一朗が走行中の東海道新幹線のぞみ256号内で、ナタとナイフを使い、女性2名を襲い、止めに入った男性1名を殺害する事件が起きた。

2019年5月には、当時岩崎51歳の岩崎隆一による2人が死亡し18人が負傷した川崎市登戸通り魔事件が起き、

同じ2019年7月には当時41歳だった青葉真司がガソリンをまいて社員36人が死亡、33人が重軽傷となった京都アニメーション放火殺人事件が起きた。

つい一年前も、当時36歳の対島悠介が2021年8月6日に合計10名が負傷する小田急線で無差別殺傷事件が起き、

その後の2021年10月31日にもこれを模倣した当時24歳の服部恭太による乗客18名が重軽傷を負う京王線死傷事件と続いた。

そして、2021年12月には、当時61歳の谷口盛雄による死者27名、負傷者1名を出した北新地ビル放火殺人事件が起きたばかりだ。

凶悪な事件の上記8人の被告と山上容疑者には、事件に至るまで様々な生い立ちや境遇について恐ろしいほどの共通点がある。

1. 家族関係に何らか複雑な問題あり

被告は、何らかの家庭環境の悩みを抱えていた事が多い。秋葉原事件の加藤は母親から教育虐待ともいうべき厳しい指導を受け、新幹線事件の小島は両親からネグレクトされた結果、祖母や伯父の親戚を盥回しにされている。川崎通り魔の岩崎は両親が離婚後どちらも引き取らず捨て子の様な状態に、京王線事件の服部、小田急線事件の対島も両親離婚、家を出て一人暮らしをしている。相模原障害者施設の植松も、入れ墨や素行の悪さから両親との関係が悪化し、両親が家を出ていく形になっている。京アニ事件の青葉の場合も、駆け落ちの末結婚した両親が離婚、父親が自殺した後、妹も自殺している。山上容疑者の家族の闇は前回書いたとおりだ。

2.不安定な雇用と経済状況

全ての被告に共通するのが、不安定な雇用と困窮する経済状況だ。
加藤は、派遣社員として繰り返し派遣切りにあっていたことが時代の背景に会っていたことが、話題となった。植松、服部は、介護職、コールセンター、物流倉庫等の職を転々としている。対島も同じく、30もの仕事を長くて2年短いと1ヶ月で転々としている。小島も岩崎も、仕事は挫折し長期の引きこもりで無職。青葉は生活保護生活だった。山上も、数10万円を借金しながら銃の製作を続け7月には生活費が尽きることに焦って犯行に及んだと言われる。皆、非正規雇用や期間採用もしくは無職であり、職場の上司から社会人としての社会実装教育を行うといった機会を一度も持てていない。

3.一人暮らしと孤独

全員がアパート一人暮らしか、ビジネスホテル滞在(服部)か、ホームレス(小島)だ。小島はガス・電気の止められてアパートを出て、半年間ホームレス生活をしており、そこで自分の生存権を守ってくれるのは国家であり、その運営する刑務所しかないと思うようになり入所無期懲役を目指して新幹線での無差別殺人に至った。
高校時代は、明るいキャラで人気者(植松、対島)だったというものもいるが、社会に出てからの職場の不遇な環境から人間が変わりかつての友人が去っている。特に、犯行直前は、古い友人や職場の同僚も一切不在で孤独を募らせている。それは、仕事を辞めマンションの一室で一人銃を製作していた山上の直前と同じだ。

4.兆候としてのトラブル

不満を募らせた彼らは、重大事件の直前にトラブルを起こしている。山上はリフトマンとして勤務していた工場で、出入りのトラックのドライバーと積み荷の仕方で揉めるなど、徐々に指示に従わなくなり、先輩にも暴言を吐くようになったという。植松は大麻に入れ墨。青葉は隣家と騒音トラブルを起こし、岩崎は枝が公道にはみ出して目にあたった等と近所に怒鳴り込んでいる。また青葉は女性の下着を盗み、服部はバイト先のシャワー室を盗撮している。対島は、生活費節約に常習的認識万引をしていたとされ、事件当日にも食料品店でつまみを万引し通報された直後に事件を起こしている。谷本は、当事務職の息子の頭部を切りつける障害事件を起こし、青葉はコンビニに包丁を持って押し入り現金2万円を強奪、懲役3年6ヶ月の実刑を受けている。トラブルの内容や罪の重さは様々だが、社会に対して自暴自棄な反社会的行為が必ずある。

5.そして周到な計画

そして、社会への復讐に向けた周到な計画が始まる。
事件の残虐性から精神疾患や支離滅裂な思考を想像するが、大事件を起こす前の突発的で自暴自棄的な行動に比べて、恐ろしいほどに周到に計画している。

山上容疑者は、前日も元総理を追って岡山にも出没しSNSで安倍元総理の動勢を常に追っていた。長期に渡って銃を製作し、1年以上試し撃ちの修練を重ね、当日早朝にも近所で試射を行う等、周到に準備していた。
新幹線車内殺傷事件の小島が、凶器に鞘付きのナタを選んだ理由は、撲殺との両面を考え、かつバッグにも入れやすいから。同じ日、予備の凶器として鞘付きの果物ナイフも購入している。一番に狙う場所は首。太い血管が切れるくらいまで振り下ろすことを確実にやり遂げるために、彼は前夜に公園でナタの素振りもしている。「殺しきりました」という恐ろしい証言に凶行遂行への強い意志と計画性を感じる。
障害者施設の植松も、人の少ない夜勤の時を狙い拘束服を事前準備していた。
川崎通り魔事件の岩崎も、包丁2丁を事前に量販店で購入し、前日に下見を行っている。
小田急線事件の対島も6年前から計画をしていた(警察関係者)とされ、「快速急行なら途中で乗客が降りられない」と犯行場所として混んだ時間の快速急行を選んでいる。
京王線事件の服部恭太も、小田急線の事件に刺激を受け半年前から計画を立てていた。こちらは逮捕後「計画通りに殺せずに悔しい」と発言している。
京アニ放火事件の青葉も現場に、ガソリン以外にも長さ約1メートルのハンマーや刃物など大量の凶器を持ち込んでいたことからも周到な計画性がある。事件直前の夜に、青葉は騒音に苦情を言う隣人と口論をしている。

犯行動機は自分を認めなかった社会へ復讐

青葉のその時の言葉。

「黙れ! うるせえ、殺すぞ。こっち、失うもんねえから!」

青葉真司被告

氷河期世代の無敵の人(社会的に失うものが何も無いために犯罪を起こすことに何の躊躇もない人を意味するインターネットスラング)の誕生だ。

「無敵の人」まとめ

山上容疑者が宗教団体幹部を対象とせず、元総理を暴力の対象としたように、他の容疑者も犯行の原因の私怨と直接関係のない罪のない人を対象にしている。死刑囚加藤は動機をネットの掲示板荒らしに対する抗議表明としてトラックで秋葉原の交差点に突っ込んだ。植松は障害者の存在否定、対島は女性を狙ったヘイトクライム(フェミサイド)、岩崎はいとこが通う学校等、対象は様々だがいずれも暴力の対象は罪のない市民だ。
その理由の多くが、服部の言うように、

”自分では死ねないから、大量殺人を犯して死刑になるために事件を起こした”

服部恭太

というものだ。新幹線事件の小島は、無期懲役を目指して凶悪な犯行を行い、希望通りの判決が出た時は、その裁判長の前で万歳三唱をしたと言う。
山上容疑者も、元総理を銃殺したらただでは済まないことを理解しつつ、凶行に及び素直に逮捕されている。ある種自分を国家に寄って社会から抹殺してもらうことを目的とした自殺行為だ。

恐ろしいことに数年に一度発生していた無敵の人」による拡大自殺事件は、数ヶ月に一度と加速度的にペースを増している。

「社会に対して絶望して、自殺ではなく他殺を選ぶ『無敵の人』 他の先進国でテロが起きるように日本でも増えると言っていたものの、数年に一回かと思ったら、一年に複数回も起きるようになってしまった日本。社会がキツく当たるなら、自分も社会にやり返すという『弱者』もいるのです。。」

ひろゆき氏

ここで取り上げた中で、北新地ビル放火事件の谷口だけが60歳を超えているが、他は氷河期世代の現役世代の犯行だ。

社会の高齢化は2050年まで益々進む、経済格差も広がる、単身世帯の割合は38%でありその傾向は今後も止まらない、今後、数十年に渡って孤立し高齢になった氷河期世代から谷口被告の様な事件を引き起こす人物が増えてくる可能性もある。

新卒卒業時に、定職につけずに非正規雇用を漂流し、孤独と貧困に陥っている氷河期世代はたくさんいる。山上容疑者も、宅地建物取引士や、ファイナンシャルプランナーの資格を取得しながら、職を転々していた姿が同世代の共感を呼んだ。
誰もが現状にもがき何とか這い上がろうとしている。氷河期世代限定の宝塚市のたった3名の募集には1800人が応募した。

日本企業は新卒一括採用という特殊な採用慣行を雇用の調整弁にしてきた。その年に当たった全ての氷河期世代の不安定な雇用を自己責任で片付けるのはアンフェアだ。市場経済の論理で蔑ろにしてきた人に対して、何らか社会が支援の手を打たないと、極端な闇を抱えた予備軍は、今後益々社会に増え続ける。

山上容疑者のものとされるツイート

ストーリー4:ストーリーそのものの闇

共通点の5番目で上げた通り、「無敵の人」になった人は、用意周到で計画的で実行力がある。

それは、人生で一度しかない「自分の作り上げたストーリー」の主人公を完璧に演じきりたいからだと思われる。その殺人の達成を「殺しきりました」(小島)と自負し、「「計画通りに殺せずに悔しい」(服部)と嘆く。

社会と遮断され自分自身のストーリーを強く信じているからこそ、ナタや牛刀や包丁を持って人を切りつけたり(新幹線、小田急線、川崎)、刃物で切りつけ放火したり(京王線)冷酷な犯罪が実行できる。

背後から躊躇なく2発の銃弾を浴びせたりすることなど、自分の行為が絶対に正しいという自らのストーリーに関する強い確信がないと不可能だ。

山上容疑者のその強いストーリーが何か、それを理解するために山上容疑者のものとされるアカウントの全ツイートを1日かけて読んでみた。リツイートを除いても9万文字を超える。(ほとんどが時事に関する的確な批評で冷笑的ではあるが知性あふれる内容だ。)

そこには、カルトを憎み、カルトに繋がる安易なストーリーを徹底的に否定しながらも、自らストーリーの闇に堕ちていく山上容疑者がいた。

銃殺実行11日前のツイート


次回、最後にこのストーリーの闇について書いて一連の安倍元総理銃殺についての総括としたい。

P.S. 調べていて、そして書いていて自分自身も精神的に辛くなるそして暗くなる内容でした。読んだ皆様も楽しくなく、スキを押し辛いと思いますが、暗い内容だけど良く書いたね、と思って頂けたらスキお願いします。。。

参考:各被告に関する関連記事


加藤智大被告(秋葉原通り魔事件)

植松聖被告(相模原障害者施設殺傷事件)

小島一朗被告(新幹線殺傷事件)

青葉真司被告 (京都アニメーション放火殺人事件)

岩崎隆一被告(川崎市登戸通り魔事件)

対馬悠介被告(小田急線殺傷事件)

服部恭太被告(京王線刺傷事件)

谷本盛雄(北新地ビル放火殺人事件)


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