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成長のための事業売却

前回、COMEMO復活の第一弾として投稿した「VCのための上場」という言葉の記事はそれなりの反響があり、日経新聞さんにもダイジェストを掲載して頂きました。今回も、同じスタートアップのエグジットをテーマとしつつ、上場と対となるもう一つのエグジット方法、事業売却について書いてみようと思います。

エグジット手法の話をする場合、多くは事業売却ではなくM&Aという言葉を使うのですが、M&AとはMegers and Acquisitions(合併と買収)の略語で、本来は買収する側目線の言葉です。今回の記事でお伝えしたいことを考えた上でも、あくまで起業家側からの視点でお話を進めたいので、あえて事業売却という言葉を使おうと思います。

さて、事業売却と聞くと、皆さんはどのようなイメージを持たれるでしょうか?ニュースで事業売却の話題が出る時は、潰れそうな会社が仕方なく売却するというコンテキストであることも多く、少しネガティブなニュアンスを持つ「身売り」という印象が強い方もいらっしゃるかと思います。実際、日本では事業売却によるエグジットは完全にマイナーで、スタートアップのエグジットのうち実に7割以上が上場によるものです。

これは海外の状況とは極めて対照的で、アメリカでは上場によるエグジットは10%以下、比較的日本に状況が似ていると言えるヨーロッパですら30%程度です。つまり、日本以外の国においては、エグジットというのは基本的に事業売却のことを指すのです。そして、起業家の多くは、最初から売却目的で事業を立ち上げており、中には「3年でGoogleの◯◯部門に売る」といった、かなり具体的な道筋を立てているケースもあります。それくらい、海外では事業売却という選択肢はいたって当然の選択肢であり、そこにネガティブなイメージはありません。

また、事業売却を行うには事業買収(M&A)をする側の存在が必要になるわけですが、この部分でも日本と海外、特にシリコンバレーとは大きな違いがあります。まず、時価総額が何十兆円というテックカンパニーがアメリカには数多く存在しており、それらの企業は積極的にM&Aを行います。AppleやGoogleなどはその典型で、毎年すごい数の企業を買収しています。

さらに、投資資金が豊富なシリコンバレーでは、成功の兆しが見えて来たスタートアップに対しては、日本とは比較にならないほどの資金が集まります。そして、その豊富な資金によって、競合企業や自社に足りない機能を補える企業などを、バンバン買収するのです。結果として、AppleやGoogleほどの会社にとっては買収対象とならないスタートアップであったとしても、事業売却のチャンスはいくらでもあるということになります。

この、巨大でかつ流動性の高い「M&A市場」の存在が、シリコンバレーのエコシステムに大きく貢献しています。ビジネスとしてそこまで成功できなくとも、何かしら特徴的な技術を生み出すことができていればエグジットの可能性は十分にあるわけですから、爆発的なヒットに繋がるような事業アイディアがどんどん生まれてくる環境が、しっかりと整っています。

そしてもう一つ、事業売却によるエグジットがスタートアップエコシステムにおいて極めて重要な理由は、優秀な起業家をいつまでも一つの事業に閉じ込めておかずに、次々とチャレンジさせてあげられるという点にあります。上場であれば、どんなに早くともエグジットまで5~6年はかかりますが、事業売却であれば、2~3年程度でもエグジットはありえます。こうして、一人の起業家が短いサイクルで何個も事業を立ち上げることができるというのも、エコシステムを成長させる上で大切なのです。

起業家というのは、事業を「起こす」専門家であって、事業を継続させる専門家では本来ありません。しかし日本では、事業売却によるエグジットは難しく、前回の記事でも述べたように起業家は基本的に上場を目指すことを求められます。しかもある程度事業の土台が固まってからも、創業者自身が継続して経営の舵取りをし続けることが一般的です。つまり、一人の起業家が何個も事業を立ち上げることが、事業売却の環境が整っていない日本では難しいのです。

実はこの、何度も事業を立ち上げる経験というのは、ユニコーンレベルで大成功するスタートアップを立ち上げる上で、必要不可欠です。私がオペレーションマネージャーを務めているEndeavor Japanの親組織で、世界35カ国で起業家支援の活動を展開しているEndeavorは、これまで60社以上の企業をユニコーンに育て上げてきているのですが、そのEndeavorが発表した「ユニコーン起業家のキャリアパス」というレポートがあります。その中でも、彼らが調査した200名のユニコーン創業者は全員、ユニコーンとなる企業を立ち上げる前に最低1回は別の会社を起業しているという結果が出ており、言い換えると、1回目の起業でユニコーンまで成長した人間は、殆どいないのです。

日本のスタートアップエコシステムの問題点という観点でもう少し掘り下げると、何度も起業することが難しい理由は、何も事業売却がしづらいということだけではありません。日本では、事業がうまく行かずに撤退することを、必要以上にマイナスに評価する風潮があります。起業家サイドにもその傾向は少なからずあり、どう考えてもこれ以上成長する兆しがないのに会社を畳まず、本来の事業の趣旨とは全く関係の無い受託開発などを続けて、中小企業として存続しているケースが非常に多いです。これは、人材プールという側面から見た時に非常にもったいない話で、少なからず日本経済の停滞の一因になっていると私は考えています。

スタートアップは、新たな市場を生み出し経済全体を成長させることができる可能性を秘めています。しかしそれは、あくまで新たな市場を生み出している時に限ります。Web開発や広告戦略コンサルティングといった、とっくに飽和している市場で事業を続けていたとしても、日本経済の成長には結びつきませんし、起業家自身や従業員の収入も殆ど増えません。一方で、ゼロから会社を立ち上げてその収入を安定させることができるほどの才能を持った人が、会社を売却して違うビジネスにチャレンジすることができれば、何度目かの挑戦でまったく新しい市場を切り開くだけの会社を起こすことに成功する可能性は高まります。

つまり、日本のスタートアップエコシステム、さらには日本経済全体の成長を促すためには、事業売却による短期のエグジットが必要なわけで、日本政府も当然そのための施策を用意しています(こちらのレポートの31ページ)。しかし、そうした対応策が実際に成果を出すには相応の時間がかかり、日本にその猶予はあまりありません。そこで私が特に注目しているのは、海外企業への事業売却というエグジット戦略です。日本の外を見渡せば、優秀なスタートアップを買収したいという企業はいくらでもおり、その市場規模は毎年何兆円にも及びます。日本のスタートアップも、起業の初期段階から海外での事業売却というエグジットシナリオを描けるようになれば、日本国内でM&Aに積極的な企業が増えるのを待たずとも、スタートアップエコシステムは活性化され、日本からも優秀な連続起業家(シリアル・アントレプレナー)が輩出されるようになるはずです。

そのためにはまず、日本の起業家がグローバルなマインドセットやノウハウを身に付けることが必要不可欠です。それも、ただ海外への事業売却といった話ではなく、海外市場でビジネスを展開し海外の投資家とも話ができるような、グローバル市場で渡り合える起業家になることが求められます。

Endeavor Japanでは、東京都のSUTEAMという非常に野心的で面白い事業のもとで、まさにそのようなグローバル起業家になるためのプログラムを立ち上げており、近日中に詳細を発表できると思っております。どうぞご期待ください!


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