エンターテイメントという手段も、『虎に翼』だなあと思う。
朝ドラ見てますー?
100年近く前の女性たち物語なのですが、今を生きる私たちの話でもあり、揺さぶられまくっております。回によっては朝に見たら絶対1日立ち直れないどうしよと思っていたら、毎朝リアタイしている勇気ある友人から「今日は見てよし」「今日はダメ」とお告げが来るようになったものの、結局何かしらで揺さぶられるのでw、私はまとめて週末に見てます。
『虎に翼』とは、サイトによると、強い上にもさらに強さが加わる「鬼に金棒」的意味だそうです。
私はこのドラマ自体の存在が『虎に翼』だなと感じています。
そもそも「これを伝えたい・表したい」という強い思いがあることが前提であるけれど、さらにドラマというエンターテイメントの手段により、その強さが何倍にも何十倍にもなる翼になっている。エンターテイメントのすごさを久々に感じています。
ドラマによってあざやかに動き出す
『虎に翼』は沢山のテーマを含んでいるのですが、言いたいことや行いたい活動が伝わりやすくなる翼をもらった人は多いと思う。私もそうです。
私がネットの片隅で書いていたこと、これは花江ちゃんやはるさんも、寅子も同じように主役だよと言いたい話だし(そして寅子はまた今後家庭と仕事で葛藤するはず…)
これはスマートに見えて不器用だった花岡や大黒柱にならなくてはと気負ってた直明の話をしたかったんです私は。というと、
フガフガ書いていることも、急に解像度高く、あざやかに絵が浮かんで伝わりやすくなる。
戦争の話も憲法の話も。登場人物の顔が浮かび、なぜ大切に取り扱わないといけないのか、スーッと心に入り込んでいくのです。
(それゆえのプロバガンダの危険性などは今回はちょっと横に置く)
見る人を信じて作る
さらにドラマの感想が集うSNS皆様の読解力の深さに震えてます。私全然そこまで読み解けてなかった。(それでいいのか私)
誰かが声を発することで、ほかの人が触発され、それぞれ自分の物語が語られ、開花していくのが、まるでドラマのオープニングの映像みたい。そこに重なる米津玄師のうたぁあああ。全部つながってるー。
だからこれからもドラマが進むにつれ、色んな人の色んな投稿を読むのが楽しみです。今回の私の投稿は流行への便乗かなあと思いつつ、酒井さんの記事を読んだら、自分が書くことで、撒かれる小さな種子のひとつにでもなれればと本望だなと。
これらのベースにあるのは、このドラマの作り手は、見る人を信じているんだなということ。
ときに一旦考える必要があったり、あえて言わなかったり、思い切って省いたりすることもベストであればそうする。気づいてくれる人、それを広めてくれる人がいることも信じてる。
どうせ見る人は分からないからと馬鹿にしてかみ砕き、難解であることが忌み嫌われ、正解への最短距離が問われる現在にハッとさせられる。
と書いていたところで、脚本の吉田恵里香さんがドラマ内の表現で、意図が間違って伝わらないように補足している投稿を見つけた。誰でも発信できて広まりやすいとか、自分が見たいものだけ拾ってしまうとか、この時代の伝えることの難しさを改めて痛感…。やっぱり難しい。どこまで言うかいわないか。特に視聴者が増えていくと。
良い作品が生まれるのは奇跡
それでも、"何かを作る界"の端っこにいる私としては、奇跡を見る思いです。作品ができるまでは脚本、演出、演者、スタッフ、予算、タイミング、世の流れ…等々、もんのすごい多くの要素が重なり完成するため、良いと思う形で世に無事送り出せ、さらに多くの人の心を打っているのは奇跡。
関わる人が多いと、うまくいくときは大きな強い翼になり、高く遠くまで飛んでいける。それぞれ考えや個性が違うからこそ融合が楽しい。
だから私もチームで仕事するのは好きです。
デザイナーや監督、チームの皆さんの仕事を「この企画を!私のコピーを!こんな素敵な解釈で高く飛ばしてくれるんですかあああ」と心の中で毎度号泣してる。泣くと皆引くから黙ってる。
だけどそれぞれの思惑が悪い意味でバラバラだと飛べないどころか、力が強いから身体まで引き裂かれる。
自分にもあった話だし、表現の世界での心痛むニュースを見ると『虎に翼』が無事に完走してくれることは私の切なる願いです。
作り手の覚悟や本気は絶対伝わるし、それがないと空っぽだなとも痛切。私もがんばろー。また来月!