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「男性育休」はなぜ進まないのか

いま、「男性育休」がホットな話題になっている。もちろん、その発端は2021年6月3日に育児・介護休業法の改正法が成立したことである。

本改正では、男性が子どもの生後8週間以内に最大4週間の育児休業をとれるようにした。2回までの分割取得を可能とし、企業には本人への取得意思の確認を義務付け、従業員千人超の企業には育休取得状況の公表も求める。

少子高齢化が進むなか、子供を生み、育てやすい環境をつくっていくことは日本社会全体の大きな課題になっており、今回の法改正は、男性の育休取得を促進していきたいという狙いがある。

実際、そこまでしなければならないほどに、日本社会における「男性育休」の現状は厳しいものとなっている。

2020年の雇用均等基本調査によると、女性の育休取得率81.6%に対し、男性は12.65%にまで上昇してきたことになっているが、その内実は5日未満が28%となっている(2018年調査では、2週間未満まで入れると7割以上という短さだ)。

女性は半分以上が1年前後の取得のため、両者を同じ「育休」と呼んでいいのかは、いささか疑わしいものがある。

なぜ、日本企業は男性育休に苦戦するのだろうか。

今回は育休の歴史的背景や、雇用システム面の影響、サイボウズ自社の事例も交えつつ、「男性育休」について考えてみたい。

「育休」の歴史

働くことを継続しながら、一時的に育児のために職場を離れるという「育休」が法律として日本に生まれたのは1991年のことである。

では、それ以前の日本社会はどうなっていたのかというと、そもそも、結婚した女性は会社を辞めて家庭に入るのが普通とされていた。

今の時代感覚からすれば信じられないが、戦後、多くの日本企業では、女性の結婚退職制や男女別の定年制(女性は30歳など)といった露骨な男女差別が存在していた。

要するに、前線で戦う企業戦士たる夫はワークに専念し、その家庭を後ろで守る妻はライフに専念することで、家庭としてのワークライフバランスを達成する、という考え方が一般的だったのだ。

こうした状況が変化する大きな転機になったのは、女性差別撤廃への動きが国際的な高まりを見せたことにある。

1967年には「婦人差別撤廃宣言」、1979年には「婦人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」が国連総会で採択され、日本政府は1980年に同条約に署名、1985年までに批准できるように整備を行っていくと国会で答弁した。そして、これが男女平等法制を作る大きな外圧として働いた。

1986年には(募集・採用、配置・昇進での性差別禁止が努力義務に留まるという不十分なものではあったが)男女雇用機会均等法が施行され、先述のとおり、1991年には、出生率の急激な落ち込みへの対応策という形で「育児休業法」が成立することになる。

育児休業自体は当初無給として制度化されたが、その間の所得保障を雇用保険財政から一部賄う育児休業給付が、最初は25%だったものが徐々に引き上げられ、今では初めの6ヶ月は67%、それ以後は50%と手厚いものになった。

また、育児休業取得後にも短時間勤務や時間外労働の免除といった措置を講ずることが、当初は努力義務として設けられ、今では子どもが3歳になるまで義務化されている。

このように、実はいま現在、六法全書上の法律の規定を見る限りは、日本のワークライフバランス法制は、どの先進国に比べても遜色がない。

しかし最大の問題は、冒頭にも書いたとおり、この育休制度がもっぱら女性専用のものとなってしまっていることにある。

「男性育休」を阻む雇用システムの壁

ここまで見てきたとおり、実は法制面だけで見ると、日本の育休事情は世界的に見ても、引けをとらないほどに充実している。

しかし、日本以外で育休制度が充実している国と比べると、男性の育休取得は量(取得率)・質(期間)ともに低い傾向にある。

なぜ、見かけ上の制度は変わらないのに、日本では、こうも実際に男性が育休を取得するのが難しいのか。

その大きな要因の1つには、日本の雇用システムがあると言われている。

日本社会では、人と雇用契約を結ぶ際、特定の「職務」を限定しないで、「会社の一員」として人を採用する。

どんな仕事をしてもらうかを限定せずに雇用契約を結ぶため、会社の命令によってコロコロと仕事は変えられるし、それに紐づく「時間」「場所」といった働き方も、当然、無限定なものになっていく。

参考記事:
強制人事異動を辞めたら、組織は崩壊するか?

そして、もう1つの大きな特徴として、日本企業では「職務」ではなく、「人(の能力)」でお給料を決めることが挙げられる。

「能力」で決めているとはいうものの、勤続年数に従って能力は高まっていく、という考え方から、殆どの場合、(査定による差はつくものの)給与額は年功的に上昇していく。

これは見方を変えれば、「全員が階段を上り続ける準エリート状態(給料が上がっていくことと引き換えに、常にフルコミットで会社の命令に逆らえないという状態)」にある、とうことである。

そして、日本企業の正社員には基本的に「階段を下りる」という選択肢が存在しない(正確には、階段を下りるためには会社を辞めるか、「非正規」になるという道しかない)。

正社員として働く以上、時間的には常にフルコミットを求められ、仕事も働く場所も、基本的には会社の命令に逆らえない。突然、強制転勤になる可能性だってある。

加えて、日本社会の場合、家事育児を外注することも、「子供がかわいそう」と白い目で見られてしまう傾向があるため、それも中々難しい。

結果、夫婦のどちらかが階段を下りるしかない、となり、性的役割分担の意識から、今のところまだ女性が身を引くことが多い(当然、育休も女性が長期で取った方がいいとなる)、というわけだ。

個人の意識も、会社のしくみも、変わっていく

ここまで見てきたとおり、日本社会における「男性育休」の取りづらさには、個人の意識や、会社のしくみ(雇用システム)などが複合的に影響しており、「こうすれば解決」という特効薬を見つけるのはなかなか難しい。

ただ、諦めるのにはまだ早い、とぼくは思う。

個人の意識も、会社のしくみも、試行錯誤を続けていけば、これからまだまだ変わっていく可能性は大いにあると思うからだ。

そんな試行錯誤の一例として、最後に、ぼくの勤めているサイボウズの話を少しだけ紹介したい(先に書いておくが、サイボウズもまだまだうまくいっているとは到底言えない状況で、日々、試行錯誤が続いている)。

まず「会社のしくみ」という観点で言えば、サイボウズは多くの日本企業と異なっている点が幾つかある。中でも最も特徴的なのは、「業務内容」「働き方(時間・場所)」「給与」という「条件」を個別に都度、チームと本人で合意するというスタイルをとっていることだろう。

「業務内容」は「やるべきこと」「できること」「やりたいこと」のマッチングで決めており、明確な「職務(ポスト)」を決めているわけではないため、業務の量・質もグラデーションで見ることができる。

「働き方」の種類も実に多様で、短時間勤務や短日数勤務、どのくらいの残業を想定しているか、どこまで緊急対応できるか、といった部分まで含めて、都度、事前に個別合意(限定)している。

そして「給与」は、その「業務内容」「働き方」を踏まえたチームへの貢献度や、その業務の社外的な給与相場も加味して都度オファーをする。

よって、同じ無期雇用社員の中にも、ずっと同じ業務内容を、同じ働き方、同じ給与でやり続けるという人もいれば、(チームのやるべきこととマッチすれば)長い時間サイボウズにコミットして、今よりもどんどんストレッチした業務に挑戦していくことで給与を上げていく、という人もいる。

要するに、フルコミットで「階段を上りたい人」は上ればいいし(もちろん、できること×やるべきことがマッチしなければ、長時間働いているからといって基本給が上るわけではない)、仕事以外の時間を大切にしたいということであれば、働き方を限定するという選択もとることができる(くどいようだが、働き方を限定しても、できること×やるべきことがマッチするのであれば、やりたい仕事に就くことができるし、給与も上がる)

参考記事:
「ジョブ型」かどうかよりも大切なこと

また、そうした働き方の選択は月に1回できるという運用にしているため(給与計算スケジュールと合わせている)、一時的にサイボウズへのコミット度合を減らしたり、業務を変えたりしたあとでも、再び、チームの業務とマッチすれば、コミット度合を増やしていくこともできる。

ある意味で「一度階段を下りて、また階段を上りたくなったら上る」というキャリアが選択肢として存在している、と言えるかもしれない。

このようなしくみが影響しているのかは分からないが、少しずつ、男性で育休をとる人も増えてきている。これまで育休を取得した人たちの中で、4分の1くらいは男性だ(2020年12月末時点)。期間としての最長は1年1か月で、つい最近も、7ヶ月の育休に入る男性から申請が上がっていた。

実は、ぼくの上司(採用育成部長・男性)も、育児のための休暇を1ヶ月取得した1人である。

上司に休みをとった背景を聞いてみたところ、「1人目の子供が生まれた時は休みが取れず、2人目では取りたいと思っていた。実際に取ってみて、家族との時間が増えて本当に良かった」と嬉しそうに話してくれた。

休みの取りにくさについて質問してみると、「サイボウズ社内だと、社長も含め、周りのメンバーにも取っている男性がいたから、心理的なハードルはそんなになかった」とのことだった。

社内に事例が増え、それが共有されていくことで、少しずつ、育休を取得する男性側の意識にも変化が起こってくるということなのだろう。

そもそも、最近では育休を取りたいと思う男性は増加傾向にある。日本生産性本部が行った「2017年度 新入社員 秋の意識調査」では、男性新入社員の8割が「 子供が生まれたときには育休を取得したい」と回答している。

かくいうぼく自身も、もし子どもを授かるようなことがあれば(もちろん配偶者と相談した上でだが)、5日や2週間といった短期ではない形で育休を取得したいと思っている。

そのことを上司に言うと、「もちろんフルで育休をとるのもいいと思うけど、たとえば、半年間は毎日15時に終わって、上の子の保育園お迎えと夕食と風呂を担当します、みたいな形もありだと思うから、パートナーと話し合って丁度いいやり方を見つけられるといいね」とアドバイスをもらった。

育休について先輩から学ぶことができる環境はありがたく、また心強くもある。

会社のしくみも、個人の意識も、少しずつではあるが、常に変化を続けている。大切なのは、現実を直視しながらも、理想に向けたアップデートの歩みを止めないことだ。今回の法改正をきっかけに、さまざまな会社でアップデートに向けた議論がなされることを期待したい。

※今回は「男性育休」というテーマにおいて、会社のしくみと個人の意識面を主に取り上げたが、「育休」を取得するメンバーがいる際に、「チーム(職場)」をどう運営していくのか、という観点が抜けているため、それは次回のnoteで書くこととしたい。


参考文献:
中野円佳『「育休世代」のジレンマ  女性活用はなぜ失敗するのか』
濱口佳一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』
濱口佳一郎『働く女子の運命』
海老原嗣生『人事の組み立て ~脱日本型雇用のトリセツ~』

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