ロシアとロシア国民が背負ったデジタルタトゥーを私達は乗り越えられるのか 〜The world after the Putin's war〜
ロシア軍は、何故残虐な行為を続けるのか
ロシア軍の1.5ヶ月におよぶ開戦後の誤算の状況が見えてきた。
戦争の目的は、
「本当に」数日の特別軍事作戦行動でのゼレンスキー政権の打倒だったと思われる。NATO加盟の意志によって安全保障上の脅威を受けたというのはプーチンの口実。NATO加盟の意志表明は以前からあり、むしろ独仏はロシアに配慮してウクライナのNATO加盟は実質的に無視して来た。
政権転覆の威嚇のつもりで包囲した大軍には戦闘に入る準備がなく兵站が不足し、結果として現地での掠奪が起きる。大義なき戦争に兵士の統率は乱れる。
演習と信じてウクライナに行けば、花束を持った女性に迎えられると言われてきた若い兵士は、激しい抵抗に混乱し、
ゼレンスキーによって国民全体が「ナチ化」しているというプーチン大統領が言っていたことは本当かと、兵士は命令に従って戦闘行為に向かう。
そして起きる狙撃兵による准将クラスの司令官の射殺。指揮命令系統の混乱と、復讐として狙撃兵が屋上にいるとされた民間人マンションへの攻撃。
想定していない負の連鎖が生み出す地獄、全員が敗者、これが戦争だ。
電力供給と携帯通信網のインフラ確保が情報戦を制した
2014年のクリミア侵攻の際にはロシア軍は基地局を攻撃しネットワーク遮断に成功した。
今回ウクライナは2014年と同じタイプの侵攻を予測し西側諸国と連携して電力と通信のインフラ確保に素早く動いた。
電力については2/24侵攻当日に、国内送電網の独立運用に成功し、後にEUと国際連携した。
インターネットについても、スペースXからインターネット接続サービス「スターリンク」が提供が翌々日の2/26にイーロン・マスクによって発表されている。
米国国際開発庁(USAID)によるとスペースXは接続サービス提供と同時にウクライナに合計で5,000台のインターリンク端末を寄付していたとの事。
今回は侵攻直後に電力と通信の対応出来たことが大きい。
デジタルタトゥーは永遠の分断に導くのか
その日2/24以来、私達は毎日、ウクライナの人々が撮影した数時間前の悲惨な戦争の現場を映像で追いながら日常生活を送っている。
戦場ジャーナリストとして、これまでも似た現場を見てきたのだろう、これまでと違うのは、それら今回は市民によってリアルタイムに撮影され発信・拡散されるということだ。
ゼレンスキー政権は、これらの戦争犯罪の情報発信を通じて国際世論を味方につけ、各国から軍事支援を得て戦っている。ロシア側は、ウクライナ側によるもの、フェイクニュースだと言っているが、衛星からのGPSデータでロシア側の主張の根拠が崩れている。
今後も埋められた遺体を発掘し、本人確認を行い死体解剖や遺伝子検査などを通じて、検証され市民虐殺の状況が詳らかにされるだろう。そして、一人一人の犠牲者について、より詳細なウクライナ市民と世界が記憶する新たなナラティブが生まれるだろう。
これまでと大きく異るのは、それらがデジタル・アーカイブされ未来永劫、人類文明がある限り、褪せないデジタルデータとしてクラウドアーカイブされた「デジタルタトゥー」として人類のインターネット空間に漂い続けることだ。
戦争犯罪者に「忘れられる権利」は適応されない。インターネットとの接続を権威主義国家が分断しコンテンツの検閲を強めて自国内の情報統制に成功したとしても、世界(Rest of the world)は永遠に記憶し憎悪し続ける。
800人の子供が犠牲になった80年前の対馬丸事件は沖縄の人はだれでも記憶している。
「子供」と書いていたにも関わらず、攻撃され300人以上が犠牲になったというマリウポリ劇場の悲劇は同じく長く記憶されるだろう。
ユダヤ人は、2000年前のローマ帝国とのユダヤ戦争において女性や子供含めほぼ全員が犠牲になったマサダ砦の戦いを民族の記憶として決して忘れない。
今撮影されて拡散されている映像は、ウクライナ人に新たな憎悪と永遠の記憶を今後数百年に渡って生むだろう。既に、ボロディアンカのマンションの廃墟を、ロシア人の戦争犯罪の記憶として永遠に留めるためにそのまま保存する声が市民から上がっている。ブチャに戻ったごく普通の市民が、戦争犯罪を追求するために実際に何が起きたかを隣人にインタビューし、動画として記録し続けている。
軍と政治の責任者には、その責任と罪を問えば良い。
但しデジタルタトゥーとして永久保存される事実とこれから孫、玄孫の代まで数百年続くかもしれない隣国民4000万人の憎悪に一般のロシア国民は耐えられるのか。
ロシアとロシア人を孤立させないこととは
短期的には、ウクライナ市民に人的犠牲が続くだろう。しかし長期的には世界はウクライナに味方し、西側EUの即時加盟にも道筋がついた。NATO加盟は不可能で軍事的には中立という立場にするにしても、イギリスを中心としたバルト3国やノルウェー、スウェーデン、フィンランド、オランダ、デンマークの9カ国が参加する「合同派遣部隊(JEF)」という安全保障の枠組みも見えてきた。
長期的には多くのものを既に失ったのはロシアだ。
国際世論から孤立し、中国もパートナーシップという表現以上にロシアに接近する様子を見せていない。あくまで対米戦略上の駒の扱いだ。
今後、ロシアはあがけばあがくほど益々国際的に孤立する。
戦争中の日本がそうだった。短期決戦の緒戦で圧勝し戦意を挫き、有利に交渉を運ぶ。そのつもりだった。マスコミも含めて、大本営発表に踊らされ、明らかにおかしいと思ったことを口にする者は非国民と非難される。経済制裁と孤立により生活は困窮するが、庶民は政権転覆等は思いも寄らず、その怒りは洗脳により徐々に敵国に向かう。
経済制裁と軍事支援は不可欠だがロシアとロシア人の全てを否定し侮辱し続け、追い詰め過ぎると益々孤立し、中国等の権威主義国家と別のブロック経済を形成していくだろう。
4/2のNHKのETV特集では、ウクライナ侵攻が世界をどう変えるのか、3名の識者のロングインタビューが放送されていた。
ウクライナ人とベラルーシ人を両親に持ちソビエトの戦争を一般人の視点で書いたノーベル賞作家のスヴェトラーナ・アレクシェービッチ、欧州復興開発銀行の初代総裁で、東欧諸国の民主化と自由経済化を進めてきたフランスのジャック・アタリ、1994年に博士論文で既にウクライナとロシアの地政学的リスクを論じ、2022年の10大リスクの5番目に米ロ対立とウクライナのリスクを上げていたアメリカの国際政治学者のイアン・ブレマーだ。
思想家のジャック・アタリは 「ウクライナやロシアなどの国で抵抗する勇気のある人たちを応援することだ」と、今後高まるであろう単純な嫌ロ主義に警告を鳴らしていた。
イアン・ブレマーも「ロシアは冷戦後、侮辱され、のけものされたと感じている。」と指摘しその感情を理解すべきだとしている。
スヴェトラーナ・アレクシェービッチも、祖国からドイツへの国外追放を受け苦しんでいる紛争当事者であるにも関わらず、今後、将来の世代が隣国ロシアとどのように和解できるのか、を最も心配している。
そしてこのプーチンによって引き起こされた新しい戦争において、これから2週間、5月9日の独ソ戦勝記念日までに東部で大規模な決戦が行われると見られている。
これ以上、ウクライナ市民の犠牲は見たくないが、化学兵器の使用が懸念されており世界に更に衝撃的な映像が流れることも覚悟しないといけない。
その事実に、過度に感情的になることなく、また目を背け無関心に思考停止になることなく、今現実に世界で起きていることと、それがどうこれからの私達の世界を変えていくかについて考え続けていかないと行けない。
「今の若者たちの子供たち」の為にも。