副業・兼業の法的課題は「副業・兼業に関する法律の定めが乏しいこと」ではないか

今年に入っても引き続き副業・兼業への関心は高く、日経新聞でも頻繁に「副業・兼業」の言葉を見かけます。

少し宣伝になりますが、商事法務様から「副業・兼業の実務上の論点と対応」という本を出版させていただくこととなりました。
https://www.shojihomu.co.jp/publication?publicationId=19867307

この本は、日弁連の法務研究財団の研究事業として複数の弁護士と労働法の研究者で法的観点から副業・兼業に関する論点を整理したもので、ノウハウ本よりも少し理論的検討を加えています。

副業・兼業には、本業への支障や実務運用レベルでも様々課題がありますが、今回は、この研究事業の中で副業・兼業の法的課題を議論して見えてきた副業・兼業の法的課題について書いていきたいと思います。

厚労省の考え方の整理

まず、前提として副業・兼業に関する厚生労働省の考え方を整理してみましょう。

①本業先と副業・兼業先の労働時間は通算する

いきなり最大の論点ですが、厚生労働省は、以下の労基法38条1項の「事業場を異にする場合」には「事業主を異にする場合」も含むと解釈し、副業・兼業先での労働時間は通算されるとしています。

②労働時間の通算の方法

そのうえで労働時間の通算の方法として、所定労働時間については「労働契約の先後」、所定外労働時間については「労働の先後」の順で労働時間を通算していき、法定外労働時間に労働をさせた方が、割増賃金の支払や36協定の作成・届出義務を負うとしています。
ちなみに、変形労働時間制、フレックスタイム制、事業場外みなし労働時間制等を採用している場合については、副業・兼業ガイドラインQ&Aで示されています(かなり複雑ですので、ここでの解説は控えておきます)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000964082.pdf

③労働時間の把握方法

上記のとおり労働時間が通算され、一方に割増賃金支払義務等が発生するとなると、これらの義務を負う側の会社はどうやって他社での労働時間を把握すればよいかが問題になります。
厚生労働省は、「自己申告制」「管理モデル」という労働時間の把握方法を示しています。
そのうえで、自己申告制については、自己申告がない場合は副業・兼業をしていないものとして扱い、また自己申告の労働時間と実際の労働時間に相違があっても、自己申告の労働時間を基に労働時間を把握、管理していればよいとしています。
そして、この自己申告すらも不要とするのが「管理モデル」です。これは、本業先、副業・兼業先での予め労働時間の上限を設定し、他方の会社は、一方の会社で、設定された労働時間の上限を”働いてきた”ものとして扱ってよく、実際の労働時間は問題にしないというものです。

管理モデルについては以下もご参照ください。

副業・兼業の法的課題をどうみるか

冒頭述べた研究事業として、メンバーで各論的論点を様々議論している中で見えてきたのは、「労働保険・社会保険関係を除いて労働関係法令には副業・兼業に関する定めが(ほぼ)ない」ということではないかということです。

上記でつらつら厚生労働省の考え方を書きましたが、労働時間の通算の要否、労働時間の通算の方法は、労基法上どこにも書いていません。
また、労働時間の把握方法については、そもそも労基法上労働時間の把握義務は明記されていませんし、ましてや「管理モデル」などという考え方は一切法律にありません。

「労基法38条1項は副業・兼業を前提にしているではないか」と思われるかもしれませんが、労基法38条1項には「事業場を異にする場合」として法文上書かれていません。「事業主が異なる場合も含む」という考え方自体、厚生労働省の解釈なのです。

さらに言えば、「副業・兼業が原則として自由である」という考え方も労働契約法に書かれていません(以下のとおり、かつてこれを明文化する議論はありました)。

厚労省は「解釈」だけで複雑なルールを課している

「そうはいっても厚生労働省がそう言っているのだから従わざるを得ない」という声も強く、企業実務的には確かにそうでしょう。
しかし、弁護士的な発想からすれば、三権分立の考え方から、厚生労働省の解釈は、「行政権」の解釈に過ぎず、「司法権」である裁判所を拘束しません。
したがって、裁判所が厚生労働省の解釈をそのままとるかどうかは未確定なのです。

それにもかかわらず、厚生労働省は、上記で述べたような労働時間の通算の必要のルールを「解釈」のみで作り上げており、このような法的不安定性自体が一つの課題であろうと思われます(プライバシーの観点もあるのですがまた別途書いていきます)。

冒頭の本では、副業・兼業に関する法的論点を色々書いていますので是非手に取っていただけると嬉しいです!

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