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最近咳が長引く人多くないですか?

 8月も終わりなのに連日の猛暑、その影響からか最近では夕方以降のゲリラ豪雨や台風など、比較的穏やかな気候であるはず?の日本がもはや熱帯地域のように感じるこの頃です(東南アジアの熱帯地域に住んでいた私でも、ここまで短期間に影響を受けたことはありませんでしたが・・)。今年の夏は「史上最も暑い夏」とも言われているようですが、梅雨明け前からの猛暑で体調を崩された方も少ないことと推測します。
 毎回申し上げていますが、COVIDに関しては暑くなる時期は締め切った空間で過ごすことが多くなりますので増加することはこれまでと同様で大騒ぎするほどのことではありません。世間では一部の有識者ですら律儀に波の数を数えたりしてましたがいつまで数えるのでしょうか?|水野泰孝 Global Healthcare Clinic (nikkei.com) 最近の状況と同様に大ごとになることもなく秋になれば例年と同様に収束していくことでしょう。単に体調のすぐれない方が仕事や学校を休む、咳をしているのであればマスクをする(咳エチケット)など、これまでと何ら変わることなく過ごしていれば良い訳です。
 そのような状況の中で、風邪を引いた後あるいはそうでなくても、咳が気になり始めた後からいつまでも続き、時には一度で出だすと止まらなく続いてしまう方、多くありませんか?
 
当院では8月になってからかぜ症状で受診する方のほとんどがこのパターンです。何が原因なのかいろいろ考えてみるのですが、すべてが同じ理由ではありません。ただ毎回患者さんに説明していることを少し共有してみて参考にしていただければと思いました。実は私もここ数週間くらい夜間就寝も困難なほどの咳嗽が続き、自身で考えた薬を使用してようやく落ち着いてきたところです。

咳が続く可能性1:感冒(ウイルス感染)後咳嗽(急性咳嗽)

 感冒の文献的な定義は「様々なウイルスによって起こる疾患群で、良性の自然軽快する症候群」とされており、せき、はな、のどの3つの症状が同時に、同程度存在する病態と理解されています。通常の経過では、まず微熱、だるさ、のどの痛みなどから始まり、1-2日遅れて鼻の症状が出現し、咳や痰が出てきます。症状を自覚してから3-4日あたりでピークを迎え、1週間程度で徐々に回復していきます。但しのどや鼻の症状が良くなっても、咳だけが残り数週間続くこともよくみられ、感冒後咳嗽、感染後咳嗽などと呼ばれています。

かぜ症候群 Common cold | グローバルヘルスケアクリニック-麴町駅徒歩1分の内科・小児科・感染症内科・渡航外来 (ghc.tokyo)

 この時期に限らず通常の診療においても最も多い可能性と考えられます。上記のように一般的なかぜを引いた後に咳が1か月程度残ることがありますので必要に応じて鎮咳薬や去痰薬、漢方薬などを用いて症状を軽減させていきます。この際に鎮咳薬の用法・用量など少なすぎる場合や、効果のみられない処方が漫然と繰り返されていることもあるようです。また抗菌薬を使用したところで良くなる根拠はありません。処方内容は診察医によってかなり温度差があると推測しますので1週間ほど経過してもまったく良くならない場合は他医の意見も参考にした方が良いかもしれません。
 また最近ではCOVIDの症状が風邪に類似するほど軽症化していることから1日発熱したくらいでは検査をしない方も増えています。咳が出始めた数日~数週間前に発熱があり検査をしていなかった方はCOVID(感染)後咳嗽の可能性もあります。LONG COVID(いわゆるコロナ後遺症)とまではいきませんが、COVID罹患後の咳はかなり頑固で長く続く印象があります。ただ治療は対症療法で上記同様です。
 これまでかぜをひいた後に咳が長引く方や小児喘息を含む気管支喘息の既往のある方などでは気道に慢性的な炎症が残っており、この炎症部位に病原体の感染、冷気、受動喫煙、会話、アレルゲンの吸入など刺激を与えるような環境が生じるとその炎症が再燃して咳が長引くことも考えられます。炎症部位に刺激物が接触することで「一度咳が出ると止まらない」というような訴えの方が多いです。特に今の時期は連日連夜のエアコン持続使用や換気する機会の減少など季節による居住環境も遷延する咳嗽の原因として考える必要があるかもしれません。特に吸入抗原として代表的なハウスダスト、ダニ、カビ、動物の皮屑、イネの花粉などに感受性のある方は要注意です。

咳が続く可能性2:マイコプラズマ感染症(急性咳嗽)

 学童に多い感染症で、2-3週間の潜伏期の後に発熱、頭痛、咽頭痛、咳などで発症します。解熱した後も続く咳が特徴的です。マクロライド系抗菌薬が選択されますが、薬剤耐性の問題もあり選択には注意が必要とされています。

一般的な子どもの病気 Common diseases | グローバルヘルスケアクリニック-麴町駅徒歩1分の内科・小児科・感染症内科・渡航外来 (ghc.tokyo)

 最近メディアでも取り上げられることが多く、東京都における定点数/報告数は2024年33週(8/12~18)時点で2.20です(他参考としてCOVID:3.63(減少傾向), 手足口病:4.30(以前として高水準), インフルエンザ:0.17(ほとんど出ていない))が、推移グラフをみると26週あたりから急増しています。オリンピックの年に流行すると言われますが前回の東京大会の時は増加傾向は顕著ではありませんでした。必ずしも肺炎を起こす訳ではありませんが、エックス線や胸部聴診で明確な所見がないことが多く、確定診断が困難なこともあります。頑固な咳が続き、比較的軽症であることから、家庭内や職場内で咳嗽が続く方が増加しているような場合では可能性があると思われます。マイコプラズマ感染症と診断された場合には抗菌薬の適応になりますが、抗菌薬は咳止めではないことは理解しておく必要があります。マイコプラズマ以外にも、RSウイルス感染症、百日咳など検査である程度特定できる感染症もあります。

咳が続く可能性3:咳喘息(慢性咳嗽)

 咳喘息(Cough variant asthma; CVA)は、気管支喘息でみられる喘鳴や呼吸困難を伴わない長く続く咳嗽のみが唯一の症状で、呼吸機能はほぼ正常範囲、気道過敏性が軽度亢進、気管支拡張薬が有効と定義される喘息の亜型、すなわち咳だけを症状とする喘息で、厳密には気管支喘息とは異なった病態です。日本における長く続く咳(慢性咳嗽)の原因としては最も多く、日常的に診断される頻度も高いと考えられます。診断基準として ①喘鳴(ゼ―ゼ―、ヒューヒューというような聴診音)を伴わない咳嗽が8週間以上続く
②気管支拡張薬が有効
 であることが示されています。一般の鎮咳薬だけでは効果が低く、気管支喘息に準じた治療として吸入ステロイド(Inhaled corticosteroid; ICS)が第一に選択されます。通常の経過であれば数週間程度で改善しますが、経過中に30-40%の割合で典型的な気管支喘息に移行するといわれていますので、しっかりとした経過観察と服薬管理が重要です。

咳喘息 Cough variant asthma | グローバルヘルスケアクリニック-麴町駅徒歩1分の内科・小児科・感染症内科・渡航外来 (ghc.tokyo)

 最近メディアで取り上げられることもあったように記憶しますが、3週間未満の急性咳嗽は咳喘息とは言わないことアレルギーによる気管支喘息とは異なること、診断するためには肺炎、百日咳、結核、後鼻漏、胃食道逆流症、アレルギー、肺腫瘍など他の原因がエックス線や血液検査などによって除外されることが必要です。ただ現実的には咳がとまらないということだけで「咳止め」と気管支喘息に治療に使用する吸入ステロイドが処方されることも少なくありません。吸入ステロイドは「咳止め」ではなく気道の炎症を抑える薬であり、効果が発現するまでには数日はかかります。もちろん、上記の事実を踏まえた上で診断を受けたのであれば使用に関しては全く問題はありませんが、診断医がしっかりと説明をしていないことも少なくない印象です。実際には長引く咳に対して最後の砦のような位置づけになっており、多くの方が使用経験があるのではないかと思われます。私自身も既往があり、最終的には吸入ステロイドに頼らざるを得ません。咳喘息の治療薬ではありませんが最近は難治性慢性咳嗽の治療薬としてゲーファピキサントクエン酸塩錠(リフヌア®錠)が処方できるようになりました。

咳が続く可能性4:結核や肺がんなど(慢性咳嗽)

 結核は、抗酸菌という細菌である結核菌(Mycobacterium tuberculosis:ヒト型結核菌)によって引き起こされる感染症です。日本では明治初期まで「癆痎(ろうがい)」と呼ばれ、治療法が確立されていない時代では国民病として恐れられていましたが、国をあげた予防や治療の取り組みにより、亡くなる患者さんの数は激減しました。近年になって過去に感染した方々が高齢になり発症するようになったことから、結核は「高齢者の病気」であるというイメージを持たれる方も多いかと思います。しかしながら、最近でも日本では毎年2万人程度の新規患者さんの報告があり、若年の患者さん、特に外国で出生された患者さんの増加が目立っていますので、全年齢層に感染する可能性がある一般的な感染症であるという認識が必要です。

結核 Tuberculosis | グローバルヘルスケアクリニック-麴町駅徒歩1分の内科・小児科・感染症内科・渡航外来 (ghc.tokyo)

 この時期に特徴的という訳ではありませんが、長く続く咳の原因として忘れてはならないのが結核や肺がんです。咳喘息での除外診断が必要と明記しましたが初期の症状ではかぜと類似していることもあり、気になる場合は画像診断を受けるべきであると思います。私は咳が続く患者さんで自身の治療で1か月改善がみられない場合には胸部CT検査をご提案しています。早期の結核や肺がんは胸部エックス線では限界があり、診断医のスキルにも大きな差がみられると思われます。またツベルクリン反応はBCG接種をしている日本人では擬陽性になることが多く正確な診断にはなりません。以前にも投稿した梅毒(梅毒は昔の性病ではありません|水野泰孝 Global Healthcare Clinic (nikkei.com) と同様、既になくなった感染症あるいは高齢者の感染症と思われがちな結核ですが、外国人労働者の増加により日本で発症する若年者も散見されます。BCGは乳児の粟粒結核(全身の結核感染症)や結核性髄膜炎を予防するためのワクチンであり、接種していても成人の肺結核の予防にはなりません。

 咳が続く原因として比較的頻度が高いと思われる病態を紹介しました。当然ながら原因がこれだけという訳ではありませんので、しっかりとした根拠に基づいた診断を受けることが重要です。効果がないのに検査もせずに同じ処方を漫然と続けられているような場合にはしっかりとした説明を求める、他医の意見を求めるなどご自身で考えることも必要と思います。

#日経COMEMO #NIKKEI


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