“手に職”をつけるはずが…ITエンジニアになれない新卒就活事情
就職氷河期が終わった2015年以後、年々早期化する就活。今回はあまりに早期化し過ぎた結果、人材業界や採用マーケティングが過熱した結果、不本意な内定承諾が産まれやすくなっているというお話です。
ことプログラマ職についてはエンジニアバブルの終焉と、生成AIの台頭により採用企業の顔ぶれが大きく変化しました。代わりに台頭しているのが「エンジニアで求人しているのがその実態は不明」という企業群です。中長期的に見た際に、候補者本人にとっても業界にとっても大きな損失になると考えています。
就活の早期化と相性の悪いポテンシャル採用企業の減少
26新卒が佳境になり、内定承諾に向けて焦る学生さんが出てくる時期です。そんな中、GMARCH以上の学生、情報系の学生であっても実態の不明なSES企業に内定承諾するケースが見られます。
リーマンショック当時、有効求人倍率が0.42倍になり就業先に困った学生たちが非正規雇用に流れていきました。上位校卒業者でも当時人気だった商社や銀行に入れず、ブラックな働き方が横行していたSIerなどに流れていきました。当時はある意味やむを得なかったと思います。
しかし今の有効求人倍率は25新卒の段階で1.75倍です。コロナ禍前の水準と言われているため、新卒カードを有効活用できる就活もできるはずです。自社サービスや教育体制の整ったSIerに入社を決められるのではと考えられるのですが、その背景には拗らせた就活事情と業界都合があります。
即戦力を求める傾向と、就活の早期化により学部3年時に専門性も含めてジャッジされる
冒頭で紹介したX投稿に対し、「24新卒あたりから変化してきたように思う」というお話を頂きました。2022年から2023年に就活をしていた時期なのでエンジニアバブルの終盤と重なります。エンジニア採用について数から質を問い始めた時期であり、選考ハードルが高まり始めました。
新卒エンジニア職を採用する採用コストが高止まりしており、一人当たり採用単価が上昇しています。わかりやすく人材紹介会社での紹介フィーでは現時点でのスキルセットや学歴によって色付けがなされ、200-300万円の値が提示されているケースがあります。面接対策や就活の軸出しなどを踏まえると中途人材紹介よりは介在価値を感じられるものの、シンプルに高価です。
学生にはそのような実態は伝えられない一方、採用企業からは「それだけのお金を払うに値する人材かどうか」をジャッジされるという側面があります。エンジニアバブル下では細かいことを考えずに払う企業も多くありましたが、今はそこまでではありません。学生によっては選考時の足かせになっているケースも確認されており、苦々しく思います。
経済の変化、生成AIの取入れで自社サービスの採用人数枠は削減傾向
「自社サービスに直接応募すれば採用単価が安いので通りやすいですか?」という質問を頂きますが、そうとは言い切れません。
中途採用でも見える傾向ですが、生成AIが急速に普及し始め、完全にプログラマのAIへのリプレイスは難しくても、補佐的には十分使える雰囲気が出てきました。未経験・微経験のエンジニア正社員求人も、SES求人も大幅に減りました。
各社のマネージャーと話をしていて見えることとしては、どのようにAIを開発工程に取り入れるか考えるだけでなく、AIの進化も視野に入れたうえでどのような人材を社内に採用したり残したりすれば良いのかを検討している過渡期です。26新卒は25新卒以前と比べても「同じ人物要件で採用を継続して良いのか?」を各社悩んでいる状況と言えます。
自社サービスの場合、分かりやすくクリアできる条件は事業共感です。当該分野に熱い思いやある程度のドメイン知識を持って面接に臨んでもらえると、技術トレンドの変化があってもコアメンバーになってくれるのではないかという期待が生まれます。
しかし、その事業共感の観点と相性が悪いのがエンジニアバブル下で完成したレコメンド文化です。これまでの就活を踏襲してお勧めのままに行動すると、初任給や生涯年収に差し障りかねませんので注意が必要です。
スタートアップの失速
スタートアップの多くは資金調達環境が良くなく、採用の余裕も育成の余裕もないところが多いです。それにも関わらず新卒採用をしているケースがあります。以前から「熱い思いで内定承諾をしたが、入社するまでに会社が持たなかった」「入社直前だったが財政状況を理由に内定取り消しにあった」という話はありましたが、スタートアップ投資が低迷している2023年以降はその結果は如実に出ています。
スタートアップは事業の当たり所も含めて運の要素がより強くなっています。会社が早期になくなっても自立できるスキルと、自分自身の豪運に自信がない限りはお勧めできません。不安を感じる時点で大手に行きましょう。
「手に職がつく」という言葉の一人歩きと、積極採用しているが不人気なSIer
未経験者歓迎、社内に研修体制もしっかりしておりお勧めなのですがSIerです。文理問わず受け入れる体制にあるのですが、どうにも候補者に不人気な節があります。
数年前から未経験の方と話していて見られるのが「手に職がつく」という言葉です。恐らくどこかのサイトか広告、YouTubeなどで誰かが発した言葉なのだと思われます。
この「手に職がつく」というのが未経験の方については「プログラミングができる」という言葉に繋がります。
SIerは管理をするイメージがついており、「手を動かさない」ので「手に職がつかない」と思われているようです。
手に職がつくというのはITにおいてどういうことを指すのか、そのイメージを具体にすることから始めなければならないようです。
また、企業には下記の流れがあります。
自社サービスでもSESを始める
SIerにも自社サービスやSESがある
SESが自社サービスや受託開発を始めることもある
企業と業界イメージで就活を進めてしまう齟齬があり、求人や予定配属先を見なければ正しいキャリア理解になりませんが、路頭に迷う方は概ね見ていません。
受け入れ先としての玉石混交のSES、派遣会社
「手に職がつく」という言葉が乱用され過ぎ、それがどういう状態なのか分からないまま就活を継続すると、自社サービスかSESという二択になるようです。
前述したように自社サービスは採用を絞っているため、唯一採用ハードルが低く大量採用が続いているSESから選ぶことになります。
SESが全て問題があるわけではないですかま、下記の企業が少なくないので新卒未経験には手放しではお勧めできません。
経歴詐称の上で新卒であることにも関わらず、3年程度の経験者として現場に放り込まれる
エンジニアになれるという触れ込みだが、ヘルプデスク・コールセンター・家電量販店勤務・警備員・期間工などにアサインされる企業
いつまでも待機
代表が人数を集めて他社にM&Aで売り飛ばすことにしか興味がない
そもそも「手に職がつく」ということについて、どういった状況になることを期待しているのかを整理し、その状況が将来的にどの程度の需要があるのかまで予想しながら進めなければなりません。
CX(候補者体験)の対策が悪い意味で行き過ぎている
私も担当することがありますが、採用コンサルや採用支援会社では、候補者に対する認知から選考、内定承諾に至るまでの候補者体験の対策を行います。
以前から社長の人柄推しのブラック企業は存在していましたが(面談や面接での社長のやさしさが就活中に荒んだ気持ちに染みて入社するものの、入社後の就業環境がブラック)、今はこうした候補者体験がしっかりしているブラック企業が出てきています。普通に候補者として接触するだけでは「コーポレートサイトのメッセージもしっかりとしていて、オフィスも綺麗、社長の中長期ビジョンも明るくて良い会社だと思いました」となり、内定承諾してしまいます。
何も知らない就活生には非常に酷な環境だと捉えています。
人材紹介がこうした企業に誘導している
どうしても決まらない候補者を大手派遣会社に誘導するケースはありますが、最初から工数削減のために誘導するケースが見られます。また、人材紹介会社の担当者によっては勉強不測のため安易な紹介をすることがあります。特に第二新卒系の人材紹介会社では取引をしている企業が派遣系企業であるため、深い考えはなく半ば自動的に紹介している傾向があります。
中には中途経験者の紹介が芳しくないので、その凹んだ分を第二新卒と新卒で回収にかかっている人材紹介会社もあります。
適性を見ない採用企業は優しい訳では無い
ITエンジニアは曲がりなりにも専門職ですので、そこにははっきりとした適性があります。適性がなくても入社できる企業はありますが、前述したように育成されないケースや、経歴詐称、非ITエンジニア職へのアサインといったトラブルがありがちなので、優しいわけではありません。
本当に自身に適性があるかを早期に判断し、方針転換することも踏まえて行動しましょう。
情報の取捨選択を誤ると生涯年収に響く時代をどう生き抜くか
理想としては業界全体で就活の後ろ倒しが起きるのが良いのですが、採用企業の足並みを揃えることはもう不可能です。
海外ではITエンジニアを目指す際、基本的にはCSの学位が求められます。これまでの日本では採用人数を追いかける企業が多かったため、全くの未経験でも新卒で採用されてきました。現時点ではこの傾向が崩れ始め、海外と同じような流れになっている可能性はあります。
候補者ができる対策としては学部1-2年からアルバイトやインターンで実務経験を積むことが望ましいのですが、就活生はバックデートできないので下記のようなものが考えられます。
SIerを正しく理解して目指す
既卒未経験採用と同じく、高度な資格取得を在学中に目指す
参考:IT業界に迫る若手エンジニア危機
事業理解、ドメイン理解を前面に出して大手自社サービスを目指す
ただし門戸は狭い
修士進学で就活を先延ばしにする
猶予ができ、自身のスキルが向上することが期待される一方、ITエンジニアの採用市場が良くなるかどうかは不明
採用企業としては選考時期が前倒しになることで、将来活躍するはずだった人材を取り零している可能性について加味することは必要でしょう。早期に採用するからには入社後活躍している人材のキャリアを棚卸しし、活躍する要素を分析してポテンシャル採用をしなければ充足は難しいでしょう。