「ジョブ型=能力重視」ではなく「メンバーシップ型=能力主義」。「能力」や「スキル」という言葉に注意
「ジョブ型雇用」という言葉が流行っているなかで、同時によく見られるのが「成果主義」、「能力主義」、「スキル重視」等々の言葉です。
賃金制度、人事制度設計等に携わる方であればこれらの用語はよく理解されていると思われますが、そうでない方々にとっては、少々違和感のある言葉のように思います。
中には「ジョブ型雇用=能力主義」というようなイメージで書かれている文章も見られますが、これは間違った理解といえます。
以下、本稿では日本の雇用で言われる「能力」について書いていきます。
「ジョブ型=能力主義」?
まず、以下の記事を見てみましょう。
この記事では、「能力主義の新卒採用を進めよ」とのタイトルの下、KDDIなどが新卒にも「ジョブ型」を導入しているとし、「協調性や成長性といったあいまいな基準で選考する従来の新卒採用では、ミスマッチが生じやすい。デジタル化などの環境変化に対応する人材を育てるためにも、学生のスキルの見極めは重要となる。能力主義の選考を広げたい。」と書いています(太字は筆者による。)。
要約すれば、「新卒採用も、スキルを見極めて”能力主義の”ジョブ型で進めよう」ということが書かかれていると読めます。
メンバーシップ型こそ「能力主義」
上記の書きぶりだと、あたかも日本のメンバーシップ型は、「能力主義」ではないような書きぶりですが、これは正確ではないでしょう。
メンバーシップ型雇用の場合、従業員は幅広くジョブローテーションを受けるため、職務内容と賃金を切り離して考える必要があります。
そこで、メンバーシップ型の場合には、その人の「職務遂行能力」に着目し、ヒト基準の「職能給」の仕組みが採用されます。
この「職務遂行能力」という言葉が厄介なのですが、ここでは、勤続によって蓄積される“保有能力”であることが想定されており、ある特定の仕事を遂行する能力ではなく、「潜在的な能力」であることを想定しています。つまり、「なんでもできる能力」ということになります。
その結果、このような潜在能力は下がることはなく、ジョブローテーションを経て向上していくと想定されていたため、厳密な意味での「年齢給」や「勤続給」ではないものの、この「職能給」が年功“的”に運用されていたわけです。
つまり、「ジョブ型=能力主義」なのではなく、むしろ「メンバーシップ型=能力主義」といえます。
「ジョブ型=成果主義」でもない
また、ジョブ型を「成果で評価するもの」というように表現するものも見られます。
しかし、これも正確ではないでしょう。
ジョブ型は「成果で評価して賃金を決める」というものではなく、「仕事」に報酬の値段をつけて、そこに人を充てる「職務給」の仕組みです。
そのため、極論を言えば、ある人材がそこに充てられた段階で、評価がされているということになります。
いわば、椅子に予め報酬が値付けされていて、そこに誰を座らせるかということになります。
混乱させる「スキル」という言葉
おそらくジョブ型雇用などの関係で世の中を混乱させているのは「スキル」(skill)というカタカナ言葉でしょう。
例えば、以下のHPでは「スキル」とは「獲得可能な『技能や能力』のことです。」とあります。
しかし、こうした雇用慣行や人事制度等の文脈では、「スキルを重視する」といった場合に、「特定の仕事を遂行することができる技能」を重視するのか、「なんでもこなせる潜在的な能力」を重視するのかで真逆の方向になります。
普通に生活している分には、特に意識する言葉ではないでしょうし、する必要もないですが、雇用の議論をしたり、読んだりする時には、この「スキル」という言葉には注意したいところです。
※その他、ジョブ型雇用の関係で以下もご覧いただけると嬉しいです。
https://comemo.nikkei.com/n/n2c04c2f868c4
※最近のひとこと
かなり寒くなってきましたが、着込むのが嫌いなのでまだコートは着ずに堪えています。
スプラトゥーンはまだ上達しておりません。