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「新時代の赤字」と原油輸入の類似点

パスの大幅修正は難しい

ドル/円相場は150円近傍で高止まりしています。150円台は2023年11月中旬以来、約3か月ぶりの水準です。昨年の12月FOMCでハト派方向に急旋回して以降、米金利低下とドル安の相互連関的な動きが予測されていましたが、米国の経済・金融情勢がこれをフォローしてこない状況が続いています。かねて述べている通り、筆者は円安の真因が日米金利差だとは思いませんが、日米金利差が縮小しないことで僅かに期待できるはずの押し目すら到来していないのは事実でしょう

もっとも、これに応じて、見通しを修正するかどうかは躊躇するところです。既に利下げを検討する路線がFOMC声明文で謳われている以上、単月の経済指標を受けてFRBが再びタカ派に舵を切ることは考えにくいと思います。「FF金利引き下げに応じて押し目が期待できる」という2024年に想定される大まかなパス自体、基本的には温存で良いのではないかと思います(もっとも、その「押し目」は大した円高にはならないと考えますが)。

日本企業のパス修正は盛んではあるようですが、それでも140円までの調整は見込んでいるとも理解でき、筆者もこれには違和感はありません。

 コンピュータサービスの試算イメージ

これまでのnoteで執拗に論じてきたように、筆者は日米金融政策の「次の一手」も検討しつつ、引き続き需給環境に関する分析を粛々と進めていく方針です。既報の通り、その他サービス収支赤字、筆者のフレーズで言うところの「新時代の赤字」はデジタル赤字という名称で色々なメディアに取り上げられるようになってきています:

noteでは何度も議論しているテーマなので、改めて解説をすることは致しません。以下などをご参照ください:


振り返れば上記2つ目のnoteがここで最初に議論した機会でした。あれから1年足らずでサービス収支と円安の関係性を論じる風潮は大分、市民権を得てきているように感じます。嬉しい限りです。

足許も、円安相場に沿って注目度は非常に高く、政官財問わず、毎日のように照会を頂きます。必然的にその他サービス収支赤字について、「将来に関する具体的な見通しはあるか」という照会も増えています。筆者自身の試算は持ち合わせていませんが、2022年7月20日に開催された経済産業省の「第6回半導体・デジタル産業戦略検討会議」の資料ではクラウドサービスなどを含むコンピュータサービスが生み出す赤字に関し、「現在のペースでいくと、2030年には約8兆円に拡大する」との試算を示され、それが原油輸入額を超える規模であるという未来が示されています

この際、同資料では2021年の原油輸入実績として約6.9兆円という数字が紹介されていますが、本稿執筆時点で最新となる2023年のそれは約11.3兆円とさらに大きいことは付記しておきたいと思います:

なお、この8兆円の積算根拠は「国内パブリッククラウド市場の規模に近似していると見なし、今後、国内パブリッククラウド市場の民間予測に基づく成長率と同程度に拡大すると仮定すると、2030年には年間約8兆円の赤字額になると推計」と報告書には注記されています。こうした経産省予測が実現すると経常収支のイメージはどう変わってくるのか。簡単に考えてみたいと思います。

予測通りなら「新時代の赤字」は約▲12兆円に

筆者はその他サービス収支のうち「通信・コンピューター・情報サービス」という項目をデジタル赤字の一因として着目してきたが、同会議では、その中の「コンピュータサービス」だけを切り出しています。もっとも、2023年を例に取れば「通信・コンピューター・情報サービス」の赤字(▲1兆6745億円)はほぼ「コンピュータサービス」の赤字(▲1兆5032億円)で説明可能なので、切り出さずとも議論の大勢に影響はありません。

仮に「コンピュータサービス」だけで▲8兆円もの赤字を出すようになると、「通信・コンピューター・情報サービス」の赤字が現在(2023年時点で約▲1.7兆円)から6兆円強、拡大するイメージになります。「通信・コンピューター・情報サービス」を包含するその他サービス収支こと「新時代の赤字」は2023年、約▲6兆円の赤字を記録していました。よって、他の条件が一定ならば、経産省予測通りに「コンピュータサービス」の赤字が拡大すると「新時代の赤字」は」約▲12兆円まで膨らむことになります。

この予測が的中した場合、旅行収支黒字が+3兆円から+4兆円という過去最大ペース(2023年実績は約3.5兆円)で黒字を稼ぎ続けたとしても、「新時代の赤字」の半分も相殺できない構図になります。そこへ慢性的に赤字である貿易収支、統計上の黒字でしかない第一次所得収支黒字を合計したものが経常収支になります。

こうした需給環境を踏まえれば、円安が持続性を伴う状況も首肯できるのではないかと思う。参考までに2023年の経常収支においてコンピュータサービスの赤字が仮に▲8兆円だったとするとCFベース経常収支の赤字は▲1.8兆円から▲8.3兆円へ、4倍ほどに膨れ上がる(図②)。これは円が対ドルで▲30%以上下落した2022年の▲10.2兆円に匹敵する赤字だ。2030年時点の経常収支など合理的な予測はできないが、既に多額に上っているサービス収支赤字が一方的に拡がることで円の需給環境は劇的に歪んでしまう。

かねてnoteで論じてきたように、第一次所得収支黒字の大半は日本に還流しないと考えられます(大体3分の1をかけて考えれば良いでしょう)。これを勘案したキャッシュフロー(CF)ベース経常収支を見るべきだという議論はもう今回は割愛します。下記が網羅的なのでご関心のある方は一読賜れれば幸いです:

 

原油とコンピュータサービスは同じ

この会議資料の秀逸な部分はコンピュータサービスと原油を並べて議論した点でしょう。確かに、日常生活に食い込んでいるという意味では中東産油国などから輸入する原油も、米国企業から購入するデジタル関連サービスも共通しています。しかし、原油は諸要因で価格変動する一方、恐らくデジタル関連サービスの単価は今後上がることはあっても下がることは考えにくいです。デジタル関連サービスを提供する外資系企業で働く人々の給料が上昇傾向にある以上、それは不可避の展開でしゅ。

日本人がその痛みから解放されるためには日本人の給料も同じくらい上昇する必要があるわけですが、その難易度が高そうなことは多くの国民が知る通りです。コンピュータサービスへの外貨支払は原油へのそれと同様、日本経済にとって必要不可欠である同時に、その価格形成に殆ど関与できない厄介なコストとなっていくことが懸念されます

もちろん、デジタルサービスを抜きにして実体経済の生産性が改善することも難しいでしょうから、それ自体に実体経済を焚きつける効用も期待できます。とはいえ、日本経済の歴史において石油を筆頭とする鉱物性燃料価格の上昇が為替需給を歪め、円売りを強めてきたことを思えば、「新時代の赤字」がそれに次ぐ、いやそれに勝る円売り材料として幅を利かせてくる未来は強い警戒を要します。こうした動きをけん制、緩和する動きとして国産クラウドを支援しようという考え方は理解できますが、果たして時間軸としてどの程度効果的なのか。筆者は評価すべき知見を持ちませんが、諸賢の評価をお伺いしたいところです:


現状、日本は「成熟した債権国」に位置づけられるものの、半世紀以上前に提唱された国際収支の発展段階説ではこうした経路で為替需給が歪むことについて想定がなかったことは知っておく必要があるでしょう。仮に「債権取り崩し国」に引っ張られる未来があるとすれば、「新時代の赤字」がその主因となってくる可能性を考慮したいと思います

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