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情報技術で「正社員改革」に福音を

昨今、改めて日本の「正社員」のあり方について、見直していくべきだという声があがっている。

日本社会における「正社員」は、諸外国における「正規雇用」と比べても変わった特徴を持っており、その特徴が日本社会特有の問題を引き起こしているとされる。

今回は日本と諸外国との違いや、自社の事例も踏まえながら、日本の「正社員」が孕む問題と、その処方箋について考えてみたい。

「正社員」とは何か

雇用形態の分類に「正規雇用」「非正規雇用」という言葉がある。

国際的に標準的な定義として、「正規雇用」とは一般的に、①フルタイムで、②無期契約で、③使用者に直接雇用されることを指す。

逆に、これらのどれかを欠くと「非正規雇用」ということになる。

具体的には、フルタイム労働者に対してパートタイム(短時間)労働者、無期契約労働者に対して有期契約労働者、直接雇用労働者に対して間接雇用たる派遣労働者が、非正規雇用と位置づけられる。

もっと具体的に言えば、何を正規雇用/非正規雇用とするか、そしてどの就業形態を問題とみるかは国によっても違ってくる。

フランスでは、無期雇用(CDI)か、有期雇用(CDD)かという点に主眼が置かれるため、パートタイム(短時間)労働者でも、無期雇用であれば非正規雇用としては把握されない。

またイギリスでも、柔軟な雇用形態の促進が重要な政策課題として認識されているため、パートタイム(短時間)労働は、非正規というより寧ろスタンダードな雇用形態に位置付けられている。

アメリカでは「コンティンジェント」「代替的就労形態」と呼ばれる就業形態が問題として論じられているが、これには、労働者に分類されない独立契約者、自営業、フリーランス、呼出就業者(on-call worker)、派遣就業者、業務請負就業者等が含まれている。

「正規」「非正規」をどう定義するか1つとっても、これだけ国による違いが表れてくるわけだが、とりわけ、日本の正規雇用、つまり「正社員」は、世界的に見てもかなり変わった特徴を持っている。

日本の「正社員」も他国同様、①フルタイム②無期契約③直接雇用、の特徴を持っているが、それに加えて、職務、勤務地、労働時間(残業)が限定されていないという傾向が他国に比べて顕著だとされている。

既によく知られている話として、欧米など日本以外の先進産業社会では、企業の中の労働をその種類ごとに職務(ポスト)として切り出し、その各職務に対応する形で労働者を採用し、その定められた労働に従事させる一方、日本企業の場合、労働者はすべての労働に従事する義務があり、使用者はそれを要求する権利を持っている。

もちろん、日本企業でも実際に労働者が従事するのは個別の職務だが、それは雇用契約で特定されているわけではなく、ある時にどの職務に従事するかは、基本的には使用者の命令によって決まる。

つまり、日本以外の多くの国では、ある特定の職務(それに紐づく形で時間・場所)が限定されているのに対し、日本では「会社の一員」として、無限定な契約がなされている点が特徴的なのである。

「正社員」体制が引き起こす問題

日本の「正社員」の特徴は分かったが、なぜ「正社員改革」という言葉が生まれるほどに、その改善が望まれているのだろうか。

それは、この無限定な「正社員」体制が、会社の内側と外側に、「ワークライフバランスの欠如」と「企業封鎖性」という2つの大きな問題を引き起こしているからだ。

まず「ワークライフバランスの欠如」について、先述したとおり、日本企業の「正社員」は、職務・時間・場所が限定されていないため、突然、仕事が変わり、強制転勤によって住む場所も変えられる可能性がある。

また、特定の職務だけに限らず、常に会社の一員としてフルコミットすることが求められるため、どんどん新しく、そして少しずつ難しい仕事を振られていくことになり、結果、長時間労働になりやすい。

いつ転勤させられるかもわからず、労働時間も無尽蔵に伸びていく。当然、そうした状況で家庭生活を両立させることは困難となり、最悪の場合、健康を崩してしまうということも起こり得る。

これが「ワークライフバランスの欠如」である。

そして、こうした「正社員」の無限定性は、特定の人を会社から弾き、また一度会社に入れなかった、あるいは出てしまった人が二度とそこに入ることができない「企業封鎖性」という問題も引き起こす。

雇用ジャーナリストの海老原氏が厚生労働省の「労働力調査 2015年」をもとに算出したデータによれば、日本の「非正規雇用」で、いちばん多いのは「主婦」の44.5%、次に多いのが「シニア層(60歳以上・男性/未婚女性)」で19.2%、続いて「学生」が8.6%となっており、主婦・シニア・学生、この3者だけで全体の72.3%にまで及ぶ。

このことからも分かるように、日本企業には「性別」「年齢」という2つの観点において企業に入る上で大きな壁がある。

1つ目は「女性」に対する企業封鎖性。日本企業は、長らく「女性」を長期的なメンバーシップから排除し続けてきた歴史がある。

参考記事:「男性育休」はなぜ進まないのか

その背景には「男性は仕事、女性は家事育児」といった性的役割分担の意識面の他に、そもそも家庭生活との両立が難しいほどに無限定な働き方を強いられる「正社員」という雇用形態の難しさがあるとされる。

一言でいえば、日本企業の「正社員」の無限定さは、女性が会社で働き続けることを諦め、会社を辞めるか、非正規雇用になり、家庭生活を支えてくれるということを前提にしたしくみだったとも言える。

加えて、企業封鎖性を生み出すもう1つの要素に「年齢」がある。

日本企業は、新卒で会社に入れなかった場合、あるいは、一度会社から出てしまった人がもう一度他の会社に入るのが(特に年齢を重ねれば重ねるほどに)難しくなってしまうという性質を持っている。

というのも、日本企業の「正社員」は、職務と関係なく年功に比例して給与が高くなっていく傾向があるため、年齢が高くなればなるほど、実際の職務価値と離れた給与水準になり、結果的に社外への転職が難しくなる。

また、定期人事異動によってさまざまな仕事を転々とするため、特定の専門性が身につきにくかったり、そもそも、特定の職務のスキルではなく、どこに配置/異動させられてもうまくやっていけるかどうかが重視されるため、企業側からすれば、これからなんにでもなれる、何色にも染まれる真っ新な若い人材が欲しい、という傾向が強くなる。

正社員改革 ~多様な正社員という処方箋~

「ワークライフバランスの欠如」と「企業封鎖性」。

そんな無限定な日本型「正社員」契約が生み出す問題を解決するため、議論されている対策案の1つに「多様な正社員」がある。

厚生労働省の『「多様な正社員」について』のページにある資料を見ると、「多様な正社員」の定義は以下のようになっている。

多様な正社員とは、いわゆる正社員(従来の正社員)と比べ、配置転換や転勤、仕事内容や勤務時間などの範囲が限定されている正社員のことを指します。

もう少し具体的には、

◆ 勤務地限定正社員:転勤するエリアが限定されていたり、転居を伴う転勤がなかったり、あるいは転勤が一切ない正社員
◆ 職務限定正社員:担当する職務内容や仕事の範囲が他の業務と明確に区別され、限定されている正社員
◆ 勤務時間限定正社員:所定労働時間がフルタイムではない、あるいは残業が免除されている正社員
◆ いわゆる正社員:勤務地、職務、勤務時間がいずれも限定されていない正社員

と書かれている。

「多様な正社員」というアイディア自体は、2012年に『「多様な形態による正社員」に関する研究会報告書』がとりまとめられていることからも分かるように、そこまで目新しいものではない。

ただ、2020年6月に内閣府が公表した「規制改革推進に関する第5次答申」の保育・雇用分野には、「ジョブ型正社員(勤務地限定正社員、職務限定正社員等)の雇用ルールの明確化 」の項目が入っており、近年、条件を限定した正社員に対する注目度が高まっていることが分かる。

働く人達の個別の事情に合わせて、働く条件を限定できるようになれば、今より柔軟に「ワーク・ライフ・バランス」を確保できるようになったり、あるいは、その無限定性ゆえに非正規雇用になるしかなかった人達も、仕事がある限りは解雇されないという安心感を持って働けるようになるのではないかということが期待される。

そう考えてみると、ぼくの働くサイボウズも、ある意味、この正社員の多様化を推し進めてきた企業と見ることができる。

現在、サイボウズでは働き方(時間・場所)・業務内容・給与を、全員、個別に合意(限定)するというスタイルをとっている。もちろん、条件を限定しているため、会社都合で一方的に職務を変更したり、転勤させたりすることもない。

加えて、他社との複業や社内での兼務など、ワークシェアリング的な働き方も選択することもできる。

参考記事:「ジョブ型」かどうか、より大切なこと

言うなれば、100人100通りの正社員ということになるかもしれない(最近、「正社員」という呼び名は辞め、無期雇用社員と呼ぶようになった)。

もちろん、雇用システムの在り方は日本の社会保障制度や労働市場、教育システムとも密接に関わっているため、職務や働き方を限定するという雇用の在り方を日本中の会社が始めていくにはまだまだ時間がかかると思う。

参考記事①:強制人事異動をやめたら、組織は崩壊するのか?

参考記事②:日本で新卒学生の「志望部署」を重視する難しさ

しかし、いきなり一律に全員の条件を限定するようなしくみに変えるのではなく、「正社員」の中にも少しずつ多様な選択肢を増やしていくことは、現実的な改革になるのではないだろうか。

会社と個人の理想のマッチングを求めて

正社員の形を多様化させていく、というのは、突き詰めれば、会社と個人が、双方の期待をより細かく合意していくということに他ならない。

どんな仕事なら任せてよいのか、どれくらいの時間働いてくれるのか、どんな場所なら働けるのか。もちろん、その期待の範囲によって対価となる報酬も変わっていくだろう。

現在サイボウズでは、アプリケーション上で、働く時間、場所、業務内容、給与などの条件を、都度、合意(限定)してもらっているが、今後、さらに細かく双方の合意を記録として残し、会社と個人にとって認識の齟齬が無いように改善していこうとしている。

契約の内容が多様になればなるほど、きめ細かく丁寧に従業員とコミュニケーションをとっていく必要があるのだ。

実は、先程紹介した「規制改革推進に関する第5次答申」の中にも、以下のような記載がある。

厚生労働省は、「勤務地限定正社員」、「職務限定正社員」等を導入する企業に対し、勤務地(転勤の有無を含む。)、職務、勤務時間等の労働条件について、労働契約の締結時や変更の際に個々の労働者と事業者との間で書面(電子書面を含む。)による確認が確実に行われるよう、以下のような方策について検討し、その結果を踏まえ、所要の措置を講ずる。
・労働基準関係法令に規定する使用者による労働条件の明示事項について、勤務地変更(転勤)の有無や転勤の場合の条件が明示されるような方策
・ 労働基準法に規定する就業規則の記載内容について、労働者の勤務地の限定を行う場合には、その旨が就業規則に記載されるような方策
・ 労働契約法に規定する労働契約の内容の確認について、職務や勤務地等の限定の内容について書面で確実に確認できるような方策

これまで雇用契約の中で曖昧にしていた部分について、法律面からも、合意をしっかり言葉として記録に残すことを後押しし、より個別な限定をしやすいようにしていくことが検討されているのである。

そもそも契約や人事制度というのは、コミュニケーションを効率化するために発明されたツールである。

全員と個別に条件を合意(限定)なんてしていたら、コミュニケーションコストがかかりすぎるから、一律の契約やルールに落とし込んでいくわけで、究極的には、個別に会社と個人の理想のマッチングが図れるのであればそれに越したことは無い。

実際、厚労省の報告書の中にある事例を見ると、既に多様な正社員を導入している企業が感じている課題は、「複数の雇用区分の間での棲み分けの明確化」「社員の希望と会社のニーズとのマッチング」の2つであり、これらはどちらも会社と個人のコミュニケーションにまつわるものである。

正社員を多様化していくにあたっての一番のネックは、「コミュニケーションの面倒くささ」にあるのだ。

もし、そうであるならば、情報技術の力で、爆発的にコミュニケーションを効率化できるようになった今、その仕方をアップデートしていくことは可能なのではないか。

情報技術が、正社員改革に福音をもたらす。

そんな未来を信じて、1つずつ、現実的な仕組みを作り上げていきたい。

参考文献:
独立行政法人  労働政策研究・研修機構『諸外国における非正規労働者の処遇の実態に関する研究会報告書』
濱口佳一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』
濱口佳一郎『働く女子の運命』
海老原嗣生『人事の組み立て ~脱日本型雇用のトリセツ~』

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