あなたには、なにが見えていますか?
いろいろなことがおこる。今までならば、あり得なかった重大な問題がおこる。それも、頻発におこる。それが、いろいろな所で、連鎖的におこる。そして、その問題は長期化する。なにが、おこっているのか?
1 目に見えない問題が見えなくなった
問題がおこる。問題には目に見える問題と、目に見えない問題がある。目に見える問題には対処しようとするが、目に見えない問題は見えていないから対処しない
目に見えている問題(トラブル)を引き起こす原因がある。しかしその見えていない問題(課題・プロブレム)を掘り起こそうとしないから、なんども問題がおこる、だからいつまでも問題は解決しない
なぜ見えない問題が見えないのか?
見えていないのか?
見ようとしていないのか?
かつて日本の現場はQCサークル活動、小集団活動などで、5回のなぜを問いかけ、見えない問題を掘りおこして、徹底的に対策を考えて、問題解決してきた
業務改善活動・品質向上活動は
経営のど真ん中だった
しかしこの30年、それが、IT化の流れで変わった。IT化によって効率化ができるはずだと、現場の要員を減らした。凄まじい勢いで人を減らして、新たな市場を開拓するのだ、商品・サービスを開発するのだと、本社に人を移して、本社組織を肥大化させた
このIT化と要員効率化・要員大移動で、組織は部分最適となり、社会の全体、会社の全体、仕事の全体が見えなくなった。表面的な問題は見えても、見えていない問題が見えなくなった。そして
各所でボトルネックが起こりだした
それがおこっていることに
気がつかなくなった
2 あったことが、無くなっていく
トラブルが現場で頻繁に起こるようになったのは、現場のチカラが落ちていることも大きい
これからは技術の継承が大事だ
などと団塊世代などベテラン技術者の大量退職の時期を見据え、現場技術の標準化と組織的移転が課題だといってきた。それは、うまくいったのだろうか?
昔は、このような技能コンテストが各社、各工場で取り組んでいた。全社で、現場の技術力のレベルアップ、水平展開をはかっていた。しかしこのような現場の技術を会社の根幹であると考えるる経営陣が減り、投資家やコンサルや金融機関には地味な取り組みに見えるだろうから受けないと、やめてしまった会社が増えた
大事な現場の切磋琢磨を失った
それで、現場で、なにが起こったか?
現場の技能・スキルを持っているベテランから若者に、コンテンツを伝達はしたが、現場のコンテクスト(文脈・背景)が伝えられず、現場のチカラが落ちた。ベテランが若者に、現場の知・ナレッジなどの知的基盤の水平展開を図るうえで、意思疎通に失敗した。そして、知・ナレッジを持っていたベテランが現場から消えた
そのあと、さらに問題が拡がる
現場にはマニュアルは残ったが、そのマニュアルはアップグレードされず、実現場に役に立たないものとなった。そしてみんな、使わなくなった。さらに職場の部分最適となって
全体が見えなくなった
統合できるチカラが弱くなった
その全体が見えない業務フローをベースにIT化したので、暗黙知である現場の知恵や創意工夫というナレッジが情報システムから欠落した
見えていた知が、見えなくなり
あったのに、無くなった
そして、それをAI化していく。現場からさらに人が消え、ナレッジが見えなくなり、それをAI化して、どうなるのか?
3 暴走を止められない
スマホ時代になって、スマホが主たる情報ソースとなった。便利になり、楽になった。簡単に手にした誰かの情報を、さも自分の情報のように語る。本人・現地・現物・原書にあたらず、スマホを検索して誰かの情報を手に入れて、スマホから出てくるワードをつなげて語る。だから「スマホ検索」情報源の人たちの語りは
句読点がなく、脈絡がなくなり
論理がつながらない
スマホのなかにまじる、嘘や正しくない情報を鵜呑みにして、語る。正しいことも多いが、嘘も多い。情報ソースを確かめもせず、すべて「正しい」と信じて語るから
今までならば
あり得なかったことがおこる
スマホから出てくる答えが誰か知らない人の考えなので、なにかがおこったときに、なにが間違いかが分からない。検索ワードと出力ワードしか見えていないから、プロセスが見えないから
暴走が止められない
4 ブラックボックス化する日本
日本料理が世界的に評価が高い、日本文化最大のコンテンツとなった。「強い食材には強い出汁を、やさしい食材には弱い出汁を」など絶妙なバランスと微妙な調理の手数で、日本料理を世界料理におしあげた
1日も2日も3日もかけてじっくりと調理してきたプロセスを、進歩した調味料や調理法を導入して、調理を短縮化、省力化、省人化した。農業、輸送、調理などの技術の進歩によって、一年中、どの地域でも、同じものを食べられるようになった
しかし失われたものがある
「深味」がなくなった。味が表面的で単純化され、自然が育てた旬の食材、材料などを幾重ものプロセスで、丁寧に掛けあわせ、まぜあわせ、手数をかけて、時間をかけてつくりだした圧倒的な「深さ」がなくなり
四季や旬がなくなった
家庭料理もそう。お湯に昆布だしの粉末を入れたら、老舗料亭レベルのだしがでるようになった。時間をかけて、手数をかけて、昆布からだしをとるという調理プロセスがなくなり、調理時間が短くなった
企業の営業現場も、そう。お客さまへの提案のため、お客さまのことを知るため、お客さまのところに行って、お客さまと話をした。直接話をして仕入れる情報だけでなく、お客さまのオフィスや工場に行くと、様々なお客さま情報を目にした。一見関係のないような間接情報や雑談をつかみ、編集したからこそ、お客さまへの提案レベルが高まり、お客さまの価値を高められた
そんなこと、面倒くさい
時間の無駄、スマホで、すぐ分かる
しかしスマホで検索するだけでは、本当の「お客さまの姿、気持ち」はつかめず、良い提案はできない。だから売れない
見えるのは、インプットとアウトプットだけとなった。アウトプットを導いたプロセスが「ブラックボックス」になった。人々の言葉が、思考が、社会全体が薄く、ペラペラになった
「こういう生活・仕事にしていくために、どういう技術が必要か?」を考えてきた世界に対して、「この技術で、なにができるか?」を考えてきた日本。効率性・利便性・生産性・ハードを追いかけてきた日本、お客さまのことを置いてけぼりにして、自分のことばかり考えた日本
社会のブラックボックスが拡がった
スマホ以前のビジネスや学びは、現地に行って、現物を見て、現地の人から話を聴き、感じたこと、考えたことを試してみて、うまくいったりうまくいかなかったりという「経験」を積み、「成熟」していった。このような試行錯誤を繰り返した
様々な失敗から学んだからこそ
力が身についた
そのような「成熟期間」があったから、プロセスをひとつひとつ踏んできたから強くなった、臨機応変に危機が乗り越えられた。それがなくなった
5 面倒くさいを面倒がらない
良いものをつくったのに、売れない
どんなにすぐれた技術であっても、「社会に問いかけ」がなければ、社会に受け入れられない。しかし
面倒くさいことはしたくない
と考える人が増えた
できるだけ楽にしようと、手を抜く。時間をかけることは、嫌だ。なによりも、恰好悪い。だから社会に問いかけず、自分都合、自社都合、業界都合に、事柄を進めようとする。だから、社会、お客さまの姿、形が見えなくなった。お客さま、市場の声が聴こえなくなった。そして
社会が見えなくなった
身体は家にいて、頭や心は東京にいる、ニューヨークにいる。すでに、そんなリアルとメタバース空間を、私たちは過ごすようになっている。「本物・実物・現物」の時空間と多様なバーチャルの時空間を行ったり来たりする社会を生きている。社会・ビジネスにおいて、リアルとバーチャルのそれぞれの世界をつなぐことが求められるのに
社会に問うチカラが弱くなっている
社会に問いかけるといっても、こういうモノ・コト・サービスがあったらいいねと、空調の効いた快適なオフィスのなかで、パワーポイントでキレイな絵をかき、横文字いっぱいの自分の世界にひたった語り・プレゼンでは
聴いている人の心には響かない
現場に行って、お客さまたちと語り、何度も何度も行ったり来たり、試行錯誤して、モノ・コトのプロトタイプをつくって、「これ、どうでしょうか?」と社会に問いつづけなければ、物事は動かない、モノ・コト・サービスの意味は伝わらないが
大半の人はそうしない。なぜか?
面倒くさいから
モノ・コト・サービスづくりには、「想像力×創造力」が求められる。ゴールイメージを想像するだけでなく、プロセスを想像する力と全体の流れを理解する力がなければ、新たなモノ・コト・サービスはうまれない
それを生むためには、面倒くさいほどの集中力が求められる。日本は面倒くさいことを徹底したから、すごいモノ・コト・サービスをつくってきた
面倒くさいを面倒がらないで