この時期に海外に行くということ(5)ファストトラック導入に関して
新型コロナウイルスに伴う水際措置の下で、5回目の海外出張を行い4月の上旬に帰国した。今回初めて空港検疫での「ファストトラック」 を経験し、また「水際対策強化に係る新たな措置(27)」 によって、日本入国後の隔離・待機条件が変わったので、その記録として書き残しておきたい。
そして、このファストトラックは日本のデジタル化の在り方の問題点を象徴的に表すものであるとも感じたのでその問題点についても併せて触れておきたい。
前回2月の帰国の時と大きく変わったのが、帰国後の隔離・自己隔離の条件が大幅に緩和されたことである。ワクチン3回の接種を条件として、流行の著しい国・地域=「指定国・地域」以外からの帰国であれば、帰国時の空港での検査が陰性であれば入国後直ちに自由に行動可能で、自己隔離などを求められなくなった。
また、国指定のホテルで待機を要するのは、指定国・地域からのワクチン3回接種を終えていない帰国者のみとなって、それ以外の人は自己隔離を要する人も、入国後24時間以内は公共交通機関を使うことができるようになった。これにより、特別な帰国ハイヤーなどの手段を使わずに、通常のバスや電車などを使って移動することができるようになった。特に大きいのは、国際線到着空港から離れた場所に住んでいる方が、国内線や新幹線等に乗り継いで自宅まで帰ることも可能になったことだろう。
これまでは、自宅での自己隔離対象者でも、空港から公共交通機関を使って移動することが出来なかったので、実質的に空港周辺のホテル等に自費で滞在するしかなかったので、これは大きな制限の緩和であり歓迎すべきことだ。
一方、日本への入国・帰国に関しては、上記の通りワクチン2回以下の接種は未接種と同じ扱いになっている点も留意しておきたい。ただ、ワクチン2回接種以下であれば、ホテル待機を要するもののその費用は国の負担で、かつ3日目の検査も自己負担はない。一方、3回の接種を終えており、自宅等で自己隔離7日間を指定された場合、期間を短縮するための検査は自費で、検査に行くために公共交通機関を使うことは出来ない。検査結果が出るのは通常1日程度の時間を要するので、多くの場合、待機期間を短縮できるのは4日目以降となる。果たして、これが3回接種をした人にとって有利な取扱いになっているのか、3回接種を推進したい国の方針ながら伸び悩んでいる現状と整合的な取り扱いなのかどうかは、疑問も残る。
そして、冒頭で触れた通り、3月から順次、到着空港での諸手続きを簡略化するという名目のもと「ファストトラック」と呼ばれる制度が導入された。
名前の通り、これは帰国時の空港での手続き時間を短縮することを狙ったものなのだろうが、結果的に、少なくとも私の場合は過去の帰国の時と比べてファストトラック導入による時間の短縮の効果は見られなかった。
このファストトラックは、これまで空港で行っていた書類等のチェックを、事前にオンラインで書類を提出し審査するものだ。日本到着予定日時の16時間前までに指定アプリのmySOSに、これまで質問票webに回答していた事項と誓約書の内容を入力し、陰性証明書とワクチン接種証明書をアップロードすることによって事前に書類のチェックを行い、日本の空港に到着した時にはその審査結果に問題がなければ空港での上記書類のチェックをなくすことができるというものである。帰国のための陰性証明書を取得することや誓約書の記入が必要になることなど、準備する書類自体はこのファストトラックを利用しない場合と変わらない。
mySOS へのアプリへの書類の記入自体は特に難しいことはないと思われるのだが、証明書をカメラで撮影してアップロードしようとすると、画像の容量制限があって圧縮しなければ受理されなかった。現在、日本で一般に販売・利用されているスマートフォンのカメラの性能を考えると、ほとんどの人が画像圧縮をしなければいけないのではないかと思う。この点は、一般的なのスマホのカメラ性能を考慮した対応が欲しいところだ。
また、陰性証明書については相変わらず厚労省所定の書式が推奨されているが出発前72時間以内で記載内容の条件を満たすものであれば、現地で発行された書式のままを登録し、わざわざ厚労省指定の様式を用意する必要はない可能性がある。検査結果が陰性なら、証明書の形式的な問題から審査NG となった場合には、出発前までに指定書式への転記をしてもらえるなら、紙の書類で対応することも考えられる。
mySOSに指定の書類をアップロードし審査が終わると通常は赤いmySOSアプリの初期画面が、緑または黄色に変化する。緑であれば全ての書類の審査結果が問題なしということだ。黄色であれば陰性証明書のみ到着空港でチェックが必要、と一目瞭然になっている点は評価できる。
問題はmySOS への書類の事前登録の手続き自体ではなく、帰国後の運用だ。筆者が経験した羽田空港への帰国では、ファストトラック利用者とそれ以外の帰国者の動線はほぼ同じものであり、ファストトラック専用レーンといったものはなかった。このため結局ファストトラックを利用しない人と同じチェックポイントを回ることになるため、個別のチェックをする時間自体は少なくて済むかもしれないが、ファストトラックによる手続き自体は空港でも実質的に変わりがない。
書類に不備がある場合、結果的に空港での各チェックポイントで留め置かれる時間が短くなるので全体としては手続きの時間が短くなる可能性はあるのかもしれない。しかし特段書類などに不備がない人の場合には、時間短縮効果は、ほとんど期待できないだろう。私の場合、同じ羽田空港に着いたファストトラック導入前の1月の帰国時と比べて、降機してから検査結果待合室に入るまでの正味の手続き所要時間は、今回も前回も40~45分で、大差なかった。また、ファストトラックの事前審査をクリアしていても、到着便の集中で手続き自体に多くの人が並んでいる場合、 ファストトラック利用者もその行列に並ぶことになるため、手続き時間が早まることはない。
空港係員にとっては、その場で書類の不備に対応する必要性が減る可能性があるので意味があるのかもしれないし、それはそれで大切なことだが、同時に帰国者にとってもメリットのある運用に改善を望みたい。ファストトラックで一回緑色の画面とパスポートや搭乗券の半券を見せることで途中のチェックポイントをスキップできる専用レーンを設定すればよいのではないかと思う。また、致し方ないことかもしれないが、何度もパスポートや搭乗半券の提示を求められるなど、政府の定めるデジタル・ガバメントの方針にも盛り込まれている「ワンス・オンリー」の原則に従わない手続きになっており、これも所要時間が短縮できない理由の一つに挙げられる点も、強く改善を求めたい。
そして、ファストトラックに使用されるワクチンの接種証明は、デジタル庁が作った接種証明アプリ等との連動はないため、事前に準備していなければ3回接種していても自動的に証明されないし、また3回接種していても任意に登録しないこともできる。この点も、せっかくマイナンバーやパスポート番号など、本人と紐づけるデータがありながら連携されていない点で、あと一歩踏み込めていない点は、今後の課題だろう。
また、ホテル隔離を要する場合の食事などの選択といった、mySOS に選択肢がありそこに記入すれば済むようなことがデジタル化されておらず、引き続き空港係員のヒアリングをもとに行われている点など、かねて日本のデジタル化の問題点として指摘している「まだらなデジタル化」がここでも起きていることも指摘しておきたい。
到着時の抗原定量検査だけは、(それが必要だという前提に立つなら)物理的な実施が必要なのでここだけは仕方がないと思うが、それ以外についてはmySOSアプリのファストトラックを利用する場合にはパスポートと搭乗半券そしてmySOSアプリの画面ないし QR コードを一度提示すればそれで終了となるのがデジタル化時代の基本と言えるだろう。
また出発前の陰性証明書にしても日本以外の国ではデジタル交付される医療機関が当たり前になってきており、こうしたものに対応して医療機関が発行した陰性証明書を、厚労省指定書式という「紙」を介することなくmySOSに取り込める機能もあってしかるべきだろう。必要事項記載有無も、簡単な文字認識の仕組みを組み込めば、多くの証明書は自動で審査結果の判別が出来、それが出来ない部分だけを目視で審査すればよいのではないか。今の厚労省指定書式は目視を前提に作られていると考えられる。
以上のような問題を抱えつつではあるが、ここに来て海外渡航から帰国する場合の手続きとその後の隔離については、かなり緩和されてきたと思う。そして、日本に帰国する以上に渡航することが簡単な国も増えている。例えば執筆時点では、フランスに渡航する場合は有効なワクチンの接種証明書を提示できるのであれば、それ以外は原則的に2019年以前と同じ条件である。フランスに行く分には、ワクチンの接種が条件を満たしていれば、陰性検査の必要は出発前・到着後ともにない。
もちろん新型コロナウィルスの脅威が去ったわけではない。渡航先で感染して重症化した場合や、最悪のケースとして死亡した場合の問題など色々と2019年以前と同じようにはいかない部分がある。そうした点についての対策をすることなく安易に渡航することは、私個人としては勧められる状況にはないと考えている。ただ、こうした点を十分に踏まえた対策をし慎重に行動することを前提とするのであれば、少なくても業務渡航についてはそろそろ再開しなければならない時期に来ているように思う。渡航するたびに日本と世界各地の社会のあり方が乖離してるように感じられることに危惧を覚える、というのも正直なところだ。
アメリカではマスク着用を義務付けることを違法とする裁判所の判決が出るなど、拙速に過ぎないかと思うような動きも出ているが、それはマスクをしてはいけないということではない。こうした点に留意し、各個人が安全と思われる対策を取ったり、企業も出張時の感染防止対策ガイドラインを設けるなどした上で海外に渡航するのであれば、そろそろ外を見る動きがあって良い時期に来ているのではないか。